静かで確かな温度    1P




  





 人里離れた深い森。
 ひっそりと佇む古びた長屋。

 とうに主をなくし誰からも忘れ去られた此処は俺たちには丁度良かった。
 生い茂る草木に堀のように囲まれてまるで二人だけの空間。
 誰の目もない。
 聞こえるのは風に揺れる葉の音と互いの熱だけ。

 体の芯まで痺れるような感覚に一層重く打ち付けてグッと腰を進めた。








 辺りは鬱蒼としていて今はもう縁側ですら少し暗い。
 そこに二つで一つの塊。
 奥の畳には脱ぎ散らかされた赤と白。

 ハリがあってすべらかでそれでいてしっとりと柔らかでひんやり冷たいような感触。
 何とも形容しがたい神秘的で美しい豊かな髪。
 この感触が好きで犬夜叉は殺生丸の後頭部に頬を擦り付けたままでいた。

「犬夜叉。」
「・・・・・・」

 髪の感触が気持ち良くてうつらうつらし始めたところへ名を呼ばれて意識が浮上する。
 でも返事は返さない。
 もう少しこのままでいたい。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「犬夜叉。」
「・・・ナニ。」

 相手の要求は本当はもう分かっているのにあえて端から聴く気が無いような眠気を引きずったままの声色で返事をする。
 いや、違う。相手の言いたいことが手に取るように分かっているからこそだ。
 なるべく長く今のこの時間を引き延ばす為に。

「・・・離れろ。」
「ンー、・・・」
「離れろと言っている。」
「あー、・・・」

 想定通りの相手の言葉に、犬夜叉は適当な返事を返す。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 到底離れる気はないのだろうと悟った殺生丸は僅かに力を込めて身じろいだ。
 だが犬夜叉は離れるどころか反抗するように抱き込む腕を強くした。

「・・・・・・」
「・・・もう少し。」
「・・・・・・」

 犬夜叉の言う『もう少し』の後に続くのは『このままでいたい』という言葉なのだろう。
 今度は肩に顔を乗せてくる。
 殺生丸は溜め息にも似た息を静かに吐いた。


 別に他に何の用が有るわけでもなく、何処へ行くでもない。
 だから放っておいても構わないといったら構わないのだが。
 元々束縛は好かない。
 というより殺生丸は大妖怪であり悠々の時を生きる身。俗界とはかけ離れた存在であり束縛をする、されるなどということとはこれまで無縁だった。
 唯一の執着を見せたのは鉄砕牙だけ。
 周りくどいことをせずに欲しいなら奪えばいい。己の目指す高みに邪魔な弊害は全て切り捨てれば良い。
 そのように生きてきた。
 だから愛情故のなんともむず痒いそういった感情を知らなかった。

 だが人間の幼い少女との出会いが殺生丸を変えた。
 冷たいだけだった眼差しに少しずつ灯る初めての感情。
 そう、りんだ。
 奈落が滅び楓の村に預けることでりんとは離れたが、大事にしたい思いは今もこれからも変わらない。
 時折足を運んでは、その成長を見守っている。

 そして犬夜叉。
 己が押しに弱かったのか。成り行きか惰性か・・・そのどれでもない気がする。
 今だってよく分からないのだ。
 始終べったりくっついているような恋仲でもない。
 嫌悪の対象でしかなかった半妖の弟。
 けれど全てを懸けて全身で己を求める犬夜叉。
 憎しみさえ滲ませるような激しい熱に翻弄されていつの間にかこの腕に堕ちていた。

 始まりはいつだったのか。
 ただ覚えているのは蔑んでいた半妖の必死な姿。
 激情の中で見せる燃えるような眼。
 この眼に呑まれたらきっともう。
 けれど必死だったから。
 その先の行為が分かっていても縋り付くように伸ばされた腕を振り払えなかった。
 あのとき自分がどういう思いを抱いたのかはもう覚えていない。
 けれど心の奥底に刻まれたのは憎しみではなかったような気がする。



 犬夜叉は情交の後もずっと殺生丸を離さない。
 この日もそう。
 自分を抱きかかえたまま眠る犬夜叉の腕から抜け出し、乱れた襦袢を直しながら縁側に腰掛けて間もなく。
 すぐに犬夜叉に背後から抱き付かれた。
 両の足で身体を挟まれ動けない。

 それにしても。
 もう半刻ほどこの状態だ。
 殺生丸が焦れてくるのも無理はない。




 
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