静かで確かな温度    3P




  


 ―――――――あれは皆が昼食を終えたときのこと。


 いつも賑やかな楓の家。
 いつも通りの光景。
 かごめや珊瑚、りんは楓ばばあと一緒に食器やらの後片付けをしている。

 琥珀はずっと修行の旅に出ていてたまにしか戻らないから今此処には居ないし、七宝も村の外へ修行に出ることが多くなり今は居ない。
 とはいっても七宝の場合、もうとっくにこの家に居付いているから拠点はあくまで此処だ。
 だから飯時にはちゃっかり顔を出すのだが、この日は狐妖術の試験とやらがあるらしく朝出たきりだった。
 そして弥勒も。朝から戻っていない。
 弥勒は今や三人の子を持つ父親だ。妻子を養う為にもますますお祓い稼業に精を出し妖怪退治に勤しんでいる。
 依頼元が名のある地主とあれば朝から飛んで行くのも無理はない。つまり、ぼったくるには持ってこいの好条件なのだろう。

 俺はというと。
 弥勒は居ないし珊瑚は手が離せないもんだから、子守だ。
 上の双子に耳をおもちゃにされながら三番目の幼児の相手をする。

 そんなときだった。
 ふと慣れた匂いに顔を上げた。

 殺生丸。

 殺生丸は阿吽からふわりと降り立った。
 小煩い姑みたいな邪見も一緒だ。

 邪見は俺たちを横目に足早に通り過ぎようとしたが、すっかり馴染みの緑の珍妙な生き物を好奇心旺盛な双子が黙っているはずもなく。

「あーっ!河童だ、河童!」
「河童さん、また来たのー?」
「だぁれが河童じゃいっっ!!」
「わー河童が怒った〜!」
「怒った、怒った〜っ!」
「やかましいっ!!邪見さまと呼べ!!」

 ・・・こんな調子だ。

「まったく、うるさくてかなわん!ガキどもめ・・・」

 まだわいわい騒ぐ双子を余所にずいずいと歩を進め、邪見は縁側から奥を伺う。

「りん!りーん!居らんか!」
「!あっ、邪見さま!!来てたの?ちょっと待ってね!」

 洗い物の最中なのだろう。
 水の音がしているがかごめたちに促され、りんは一人パタパタと小走りに縁側へやってきた。

「りん。殺生丸さまからじゃ。」

 そう言って邪見は小箱をりんに手渡す。

「え、また!・・・」
「開けてみんか。」

 邪見に促され、りんは嬉しそうに大事そうに小箱を開ける。

「わあ・・・っ!!髪飾り・・・綺麗・・・!」
「殺生丸さまがお待ちだ。ちゃんと礼を言うんじゃぞ。」
「うん!!」

 満面の笑みで駈けて行くりんを見届け邪見も幸せな溜め息を付く。
 まるで孫を見守る年寄りだ。

 家から少し離れた位置で待つ殺生丸。
 りんは大事そうに小箱を両手で抱え、殺生丸と他愛ない会話を始めた。
 いつも笑顔のりんだが、殺生丸に向ける笑みはひと際輝いて大輪の花のようだ。

 今では皆俺と殺生丸の関係に気付いている。
 というより俺の殺生丸に対する本当の気持ちを皆はとうに勘付いていたから、予想は付いていたしそういう間柄になったのはそれとなく察したのだろう。
 女の勘は鋭い。
 いつだったか、前触れなく急に『とうとうアンタのゴリ押しに殺生丸は負けちゃったのね。』なんてかごめに冷やかされたときは心臓が止まるかと思った。
 まあとにかく、皆が黙認し見守ってくれている。

 そして、りんも。
 そう、りんだってきっと知っている。

 でも。俺も皆もお前の気持ちも知っている。
 お前の殺生丸に向けるその笑顔はおそらく恋なのだろう。
 その思慕が単なる“好き”じゃなく“愛”なら。
 辛いのはりん。お前じゃないのか。

 心の探り合いをせずとも俺に対する真っ直ぐな態度と笑顔が嘘が無いことを物語っている。
 俺と殺生丸を邪魔するつもりもないし、そういった邪な画策はりんの心に一切ない。

 けど、本当にそうか?
 りん、お前は辛くないのか――――――・・・


 珊瑚のガキに囲まれながら目線だけはあいつらを追う。
 はしゃぐりんと殺生丸。

 髪飾りを早速髪に付け始めたりん。
 上手く付けられず焦っているりんに殺生丸の手が伸びる。
 自ら少し手直しし、そのままりんの髪を掠めるように優しく梳いて離れた指先。
 嬉しそうなりん。
 そんなりんを静かに見つめる殺生丸。
 穏やかな二人の時間。

 なんだかんだいってもいつもの光景。

 いつもの―――――――――


 ・・・・・・あ、・・・れ・・・・・・?

 なんだ?
 何でだろう。

 チリチリ痛い。
 ドス黒い思いと押し寄せるような不安感。


 その瞬間を見なければ。
 何もかもいつも通りの光景だった。

 いや、以前からそんなことはあったのかもしれない。
 たまたま目にしていなかっただけで。
 でも。
 見てしまったから。



 そのあとすぐだった。
 殺生丸をこの長屋に連れ込んだのは。


 連れ込んだといっても強引とはいえ一応合意だ。
 りんと別れ去ってゆく殺生丸の後を追い、自分の接近を悟らせ此処で落ち合うよう仕向けた。

 急激に湧き上がる焦燥を消し去りたくて貪るような愛撫で性急にコトを進めてその身体を掻き抱いた――――――――――











 
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