死神鬼を貫いたのは爆砕牙。
爆砕牙は鞘に納まったままであったが、それは確実に死神鬼の心臓を捉えていた。
「・・・・・・バカな・・・」
死神鬼は遠のく意識の中で、前に立つ殺生丸の姿に闘牙の面影を見た。
そして傍らに立つもう一つの白い姿が重なった。
遠い記憶。
あの日の残像。
初めは気まぐれだった。
元々化け犬どもは、宿敵である以上に煩わしく疎ましい存在だった。
だが、わしは欲しくなったのだ。
気高く雅で・・・丁度今の殺生丸に瓜二つの―――――――・・・
引き裂いてやりたかった。
だが、わしのどんな手段にも動じる事はなかった。
闘牙も。
あの女も。
生まれ持った大妖怪たる資質。
だからどちらかを殺し、どちらかの前に死体を放ってやろうかと思った。
だが結果、敗れたのは己。
技も顔も奪われた。
どれ程の想いでここまで這い上がってきたか。
「・・・・・・フッ・・・」
死神鬼は自嘲の笑みを零した。
やはり勝てぬ。
手には入らぬ――――――――――
疲れたかのように微かに笑い、目を閉じた死神鬼は地に崩れ、もう二度と起き上がる事はなかった。
終わったのだ。全て。
辺りに満ちていた凄まじい妖気は消え、静寂が広がる。
これまでの激闘で結界ごと部屋は破壊され、殺生丸を縛り付けるものはもう何も無い。
外気を感じる。流れ込む外界のにおい。
主を失った屋敷もいずれ崩壊するだろう。
勝手に脱がされ取り上げられていた己の着物も鎧も、刀の付近に転がっている。
血塗れた弟と敵の間で殺生丸は静かに佇んでいたが、刀を手に取るとそっと弟の方へ向き直った。
その手には天生牙。
スッと天生牙を構え、弟の体を見据える。
だが、殺生丸は刀を振れなかった。
あの世の使いどもが見えない。
殺生丸は動揺した。
―――――――何故だ・・・・・・何故、見えぬ。
私が天生牙を犬夜叉に振り下ろした事は一度もない。
あの世の使いどもを斬らぬ限り犬夜叉は救えぬ。
・・・・・・!
では、まさか犬夜叉は――――――――
殺生丸は、弟の傍らに静かに跪き、目を閉じたままの弟の胸に指先をそっと当てた。
「!・・・」
何か確証を得た殺生丸は、弟の首に手を入れ、顔を少し上向かせた。
そして僅かな間その顔を見やると、静かに口付けをした。
殺生丸に躊躇いは無い。舌を絡ませ一方的な接吻を施す。
もし今、犬夜叉の意識があったなら、卒倒しそうになることだろう。
これ程までに兄からの口付けは甘く優しいものだったのかと。
もう少し早く目が覚めていれば。
兄が唇を離す前に。
「―――――・・・う・・・」
薄っすらと開かれた瞼から兄と同じ金色の眼が覗く。
犬夜叉は、生きていたのだ。
獲物の血を吸うことを糧としその形成を保つ短剣は、急激に血液と妖力を奪い、半妖である犬夜叉を一気に衰弱させ仮死状態にまで貶めたが、命を絶ってはいなかった。
そして兄からの妖力を得て犬夜叉は回復し甦った。
殺生丸は犬夜叉に、先程の口付けで自身の妖気を送っていたのだ。
半妖では相手に妖気を送る事など出来ないが、純血の妖怪ならば相手に妖気を送ることが出来る。ただしそれは、相手が妖怪に限った場合のこと。相手の性質が何であるかも判らずにやたらに妖力など注ぎ込めば相手にとっては毒でしかなく、死に至らしめる可能性もある。
当然、血の繋がりを持つ兄弟であれば性質はほぼ同じ。殺生丸と犬夜叉の体液の相性は極めて良い。
よって純血の妖怪である兄の妖力を与えられた犬夜叉は、一時的な昏睡状態からすぐに目覚めることが出来たのだ。
だが、あの短剣には殺傷力のある猛毒が塗られていたはず。
ではあの時、死神鬼が放った短剣には毒は塗られていなかったという事になる。
死神鬼がそんな手抜かりをするとは思えない。
殺生丸に向けて放たれた狂気の刃。
果たして本当に死神鬼は殺生丸を殺す気だったのかどうか―――――――――
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