相生 6P
お互いに黙っていた。 ・・・“お互いに”といっても、殺生丸が黙ったままでいるのは当然だ。 今でこそ容態は落ち着いているが、病人であることに変わりはない。声を発するというのは意外に体力を使う。 辛そうな素振りはないが他人の前では強情我慢のこいつの場合、見掛けの様子は全く当てにならない。 点滴の管が刺さった腕。 病院のベッドに横たわった姿を見るのはこれで2度目だ。あれほど大きかった存在が今は弱く脆く儚く見える。 俺がこんなにさせてしまった。 今言うべきことではないかもしれない。 でもせめて心からの詫びを。 「殺生丸。」 「・・・・・・」 殺生丸は目を閉じていたが、俺の呼び掛けに目を開け、こちらを見た。 謝るのに相手の顔色を伺って躊躇う必要なんてない。 「ごめん。」 「・・・・・・」 「・・・ごめん・・・・・・ッ!!」 俺は椅子に座ったまま上体を屈め、精一杯の言葉をぶつけた。 相手からの反応は聞こえない。 頭を下げた姿勢のままでいる俺に相手の表情は分からない。 でも顔なんか見れるわけない。 目を合わすのが怖いからだ。 「・・・・・・ほんとに・・・ごめん。」 「・・・・・・」 他に何も言えない。 俺は俯いたまま椅子から立ち、その場を後にしようと殺生丸に背を向けた。 「犬夜叉。」 「!」 虫がいいと言われればそうだが今度こそ本当にこのまま消えたいと思っていた俺に、相手の落ち着いた優しい声は痛かった。 「・・・座れ。」 「・・・・・・」 「話がある。」 「―――・・・」 一瞬、ドクンと脈打つ鼓動が頭にまで響いた気がした。 殺生丸から実際に決定的な終わりを告げられるのがこんなに怖いと思わなかった。 生っちょろい一方的な覚悟。本当に「失う」ということがどういうことなのかまるで解っていなかった。 でも決別をお前から言われるのなら本望だ。 期待の余韻を少しでも残せば俺はまた過ちを繰り返すだろう。お前を想う気持ちが在る限り。 だからバッサリ切り捨ててくれれば・・・ 「・・・・・・お前は・・・色々と思い違いをしているようだから言うが・・・」 「・・・?・・・」 「まず死神鬼のことだ。」 「・・・・・・」 「私は本当に死神鬼にお前のことは“弟”としか話していない。」 「・・・・・・」 「妙な思い込みで私を責め立てる前によく考えろ。」 「・・・・・・」 「死神鬼とは仕事上関わりが多い。・・・だからあいつは気付いたのだろう。」 「・・・・・・」 「・・・・・・お前と幾度そうした行為をしていると思ってる。」 「・・・・・・」 「・・・平然としていられると思うのか。」 「・・・・・・」 ・・・?・・・平然としているように見えたが。 「・・・・・・私はここのところずっと車で出勤はしていない。」 「・・・・・・―――!」 あ・・・・・・ 相手からの決別の台詞を意識し覚悟していたのに会話の内容が予想外でただ漠然と聞き入っていたが、少し苛立ちを見せた殺生丸の表情で相手の言いたい事をやっと理解した。 間接的な言い方をしたのは恥じらいからだろう。 察するにつまりはこういうことだ。 どんなに毅然と仕事に没頭していても生理的なことは隠しきれない。椅子に座る度、腰や・・・苦痛を強いた全ての箇所が痛んだに違いない。 親しい人間なら日頃のちょっとした所作で相手の異変に気付く。 寝不足気味の顔色が続く上に日に日に疲弊しきった様子を見せていれば、“内輪で何かあるのか?“と他人は想像する。 同棲している女がいるならお盛んなのだと放っておけば良いが、煌めいた話も無く同居しているのは弟だと聞く。 そうなればその同居人・・・弟の存在が浮上してもおかしくない。 弟から暴力でも受けているのか、と。 だが別の違うにおいをあの男は感じていた。 そしてついに体調を崩した殺生丸をマンションまで送り届け、偶然俺と出くわし・・・俺の妙な態度で直感的に確信したのだろう。 笑えるよな・・・ 死神鬼との関係を疑って密告られたと勘違いした挙句酷い暴言を吐いてお前を乱暴に扱った。 それが決定打となって終いには吐血。 最低だ。 「悪かった・・・」 「・・・・・・私はお前に謝らない。だからお前も私に謝るな。」 「?・・・」 「・・・お前に憎まれるのは仕方のないことだ。」 「・・・・・・」 「お前は・・・私のせいでおかしくなった、と言っていたな・・・」 「!・・・あれは・・・っ、」 「その通りなのだと思った。」 「!?・・・」 「・・・・・・この数ヶ月・・・ずっと考えていた。・・・・・・お前はあの太刀合いのときの事も言っていたな。やはりずっと気にしていたのか。」 「!・・・・・・」 忘れるわけがない。 俺はドキリとして微動し殺生丸を見た。 殺生丸があの日の事を口にするのは初めてのこと。 |
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