静かで確かな温度 2P
「・・・犬夜叉。」 「・・・・・・」 やはり返事はない。 常なら返事をしないのは自分のほうなのに。 殺生丸はもう一度静かに小さく息を吐いた。 これを溜め息というならそうだろう。 チラと下目に肩に乗る顔を見る。 表情はよく見えないが、くつろいでいるらしいのは分かった。 肩がずっしりと重い。 大して中身も無い頭のくせに、と殺生丸は心の中で舌打ちする。 実際、重たいのだ。 寄り掛かるように全身で抱き込まれてはしんどい。 純血の妖怪である殺生丸よりも半妖の犬夜叉のほうが対比を占めるのだ。 情事の後で脱力していることを抜きにしても全体重を預けられては重苦しい。 いい加減苛々してくる。 殺生丸は今度こそあからさまに邪魔だと言わんばかりに大きく身じろぎした。 だがやはり立ち上がれない。 「・・・っ」 「・・・ん〜、・・・なに焦れてんだよ。いーじゃん、このままで・・・」 犬夜叉は眠気の混じる掠れた声で引き留める為の文句を口にし、やはり対抗するように抱く腕を一層強くし離れない。 尚も兄にへばりつく。 何てふてぶてしい。 殺してやろうか。 ・・・と何度思ったか知れない。 本気で抗えば造作もなく振り払える。 けれどそれを出来ないのは他ならぬ自分で。 犬夜叉もそれを分かっているから甘えて図に乗る。 そしてそれを受け止め許しているのも自分。 許容されている中での甘え。 犬夜叉に打算も駆け引きもない。 ただ殺生丸が好きなのだ。 愛しいのだ。 それでは殺生丸は許すしかない。 鉄砕牙の件では本気で殺し合いになったが、それは殺生丸が己の望みに実直な故の闘い。 犬夜叉の存在そのものが憎いなら生まれ出でた日に十六夜もろとも消してる。 敬愛していた父親・闘牙王が命を懸けて遺した犬夜叉。 同じ血の流れる弟。 初めから殺せるわけなどなかったのだ。 そんな兄の心情をこの不器用な弟がどこまで理解しているかは分からない。 だが腕の中に納めているのは大妖怪。 手に入れたつもりの相手は寝首を掻くその瞬間を画策し自分を弄んでいるかもしれない。 でもならば命あるうちにせいぜい最大限の無体を働けばいい。 これが計算の上の所業でないのだから犬夜叉は本当に性質(タチ)が悪い。 「犬夜叉・・・」 「・・・」 「・・・・・・」 「・・・」 「・・・・・・痛い。」 「!・・・」 引き伸ばせるだけ引き伸ばして相手がキレるまで今の心地良さを維持しようと思っていたが、その相手の意表を突く言葉に犬夜叉は思わず腕の力を弛め、顔を上げた。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 “痛い”ようなこと、何かしただろうか。 どんな抱き方をしてもその単語をこの男が口にしたことはない。 これまでの闘いの中ですらそんな台詞をこの兄から聞いたことはない。 それともナニか、抱き締めるこの腕が痛かったとでも言うのか。 そんな馬鹿な。 「?・・・殺生丸・・・」 「・・・・・・」 「・・・おい。」 「・・・・・・」 斜めに見上げ間近でその顔色を伺う。 華奢な顎の線。長い睫毛に縁取られた澄んだ金色は真っ直ぐ前を見据えている。 苦痛など微塵も感じさせない美しい顔。 「・・・なあ。」 「・・・・・・」 「おいってば。」 一向にこちらを見ようとしない殺生丸。 犬夜叉は抱く腕を再び強くした。 「・・・なあ、『痛い』ってなんだよ。どうかしたのか?身体・・・」 「・・・・・・うるさい。」 「ッ・・・お前なあ、心配してやってんじゃねーか!」 「・・・・・・昼間。」 「!!・・・」 犬夜叉はそこで初めてハッとした。 後ろめたいような罪悪感が湧き上がる。 それでももしそのことを本人から追求されるなら抑えていたモノが爆発してしまいそうな乱暴な気持ちになる。 昼間の情景が頭をチラつく。 自分で消化するしかない思いだから自分の中だけで終わりにしようと思っていたのに。 お前がそれを蒸し返すのか。 分かっていて。 中身を抉れば俺のワケの分からない理不尽な怒りの矛先は全部お前に向かうのに。 |
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