静かで確かな温度    4P




  


 情事のあと殺生丸を抱いて眠るのは常。
 暫くすると殺生丸がいつの間にか消えているのも。

 でもこの日は自分の腕から抜け出た気配を敏感に察して、縁側に腰掛けた殺生丸をすぐさま背後から抱き留めた。
 そうして半刻が経とうとしている。

 昼間のせいだ。


「・・・・・・は、・・・るさい。」
「あん?」
「お前は、うるさい。」
「はあ?・・・」
「・・・・・・」
「・・・さっきから何だよ?・・・うるさいとか痛いとか・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 あのときの事を咎めるなら咎めろよ。

「・・・眼・・・」
「・・・?・・・何。」
「・・・お前の眼。」

 ・・・ああ、そういうことか。

 片言で伝えるんじゃねーよ、周りくどい。

 うるさくて痛い。・・・のは、俺の視線。

 辛くないのかなどと。りんの心情を案ずるフリをして辛いのは自分。
 不安定に揺れているのは自分。

 あのとき。

 こいつは笑ったんだ。
 りんに向かって微笑んだ。

 あのとき別段何もなかった。
 殺生丸から貰った髪飾りをりんは髪に付けた。
 それだけ。
 りんの取り留めのない話に殺生丸が耳を傾け、時折相槌を打つ。
 いつも終始それ。
 他愛ない会話の流れの中での微笑みだったのだろう。

 今更だ。

 きっと自分が見逃していただけで、今までも殺生丸はりんに笑んだことはあったのかもしれない。

 俺に対してとりんとでは接し方も向ける表情が違うのも当たり前。
 それこそ今更だ。
 だけど、あれは俺には決して見せない笑みだろう。
 俺に笑むことがあっても、あのときりんに見せた顔は俺には見せない。
 あの笑みはりんだけのものだ。

 そう思うと、胸が。


「・・・・・・」
「・・・・・・」

 二人の間に静寂が続く。

 殺生丸は気付いていた。
 あからさまな犬夜叉の様子。

 “嫉妬するな、見苦しい“
 などと言ってやればいいのかもしれない。

 射殺すような激しい視線。
 それでいて捨て犬のような不安な顔。
 あんな眼で見られたら。

 視線がうるさい。
 やましいことをしている訳でもないのに。
 その視線が痛い。

 でも何を焦る必要がある。
 既に手に入れているではないか。
 鉄砕牙も。この自分のことも。
 最後に何もかも手にするのはこの弟。
 それでもまだ足りないというのか。
 ときに己以上に自分に実直な犬夜叉。
 貪欲で強欲なところは間違いなく父である大妖怪、闘牙王の血を引いている。
 今はそれをどうとも思わない。

 ただ、りんに。
 あんな視線を寄越すのは赦さない。



 殺生丸の言いたいことは犬夜叉も解っていた。
 あのとき、ふとこちらを見て睨んだ殺生丸。
 ものの数秒だったが、困惑と怒りを含んだ眼。
 すぐに視線を逸らしたが、きっともう自分の内側はバレバレだった。

 りんに牙を剥いたら見捨てられる。見限られる。

 自分でもあからさまだったと思う。
 昼間の情景を打ち消すように誘いを掛け殺生丸が何も言ってこないのをいいことに誤魔化すように激しく抱いた。

 どうせ責めるなら視線がどうこうとか言ってないでもっと酷い言葉で抉ればいいのに。
 りんが大事ならそう言えばいい。
 でも。
 りんの想いに気付きながらお前は俺と寝る。
 りんより俺を選んだのはお前だろう。
 それとも。
 気まぐれな同情なのか。
 本心は何処にあんだよ。
 苛立ちが隠せなくなる。
 俺を安心させろよ。


「・・・殺生丸。」
「・・・・・・」
「中、入らねえか。」

 もう夕刻。
 深い森の長屋。
 開け放たれたままの戸。

 縁側では包むように抱き締めていたって次第に身体は冷えてくる。
 襦袢一枚の殺生丸。
 純血の妖怪は温度の変化など関係ないかもしれないが。

 まるで同化しているような冷たい板間と冷たい身体。
 ぎゅっと抱くと殺生丸は小さく身じろいだ。

「・・・・・・初めに。・・・離れろと言ったはずだが。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 殺生丸は苛々している。
 昼間のことだって本当は怒っているのだろう。
 それでもまだこの腕に納まったままでいてくれる。



 
  4P
    ← back   next →  






 静かで確かな温度 目次に戻る


 小説ページ目録に戻る


 TOPに戻る