事が終わり死神鬼の圧迫から解放されても、ぐったりと横たわり着崩れたまま殺生丸は動かなかった。
意識を失ったわけではない。
ただ、眼は開いていても何も映してはいないようだった。
罪悪感。
ナニに対して?
誰に対して?
何故。
―――――――・・・だが自分は―――――・・・悦楽したのだ。
一度でも、例え僅かでもソレを得ればソレを否定出来なくなる。
事実、肌に残るのは死神鬼の精だけではない。
肌を濡らしたのは自身の―――――
死神鬼は自身の身形を手短に整え、チラと殺生丸を見た。
完全に放心している。
心ここに在らずといった具合だ。
「殺生丸・・・」
死神鬼は殺生丸の顔に掛かったままの髪をパシッと払いのけ、抱き起こした。
「・・・・・・」
「・・・人形のようだな。まるで。」
死神鬼の言葉にも反応は無く、殺生丸は何も言わなかった。
そんな殺生丸を壁際にもたれさせ、ゆっくりとした所作で殺生丸の身形を適当に整えてやりながら、死神鬼は冷酷に微笑んでいた。
「フ、クククク・・・クク・・・」
崩れた。
何をしても巌壁の如く孤高を持していたお前が―――――・・・
随分と無駄な時間が掛かったがな。
だが、わしは存分愉しめたぞ・・・
今度は早く貴様ら兄弟の崩壊が見たい。
ならば、もう期は今。
「殺生丸。貴様には優しい場所などない。・・・戻る場所も帰る場所も。」
死神鬼は己の牙で指を切り、その血の付いた指で壁の一部を縦になぞった。
するとその瞬間、ドス黒い光が閃光のように走り、別の空間へと繋がった。
そしてそれと同時にこちらへ突進するように現れたもの。
赤い水干に豊かな白銀の髪と獣耳。
そう―――――――
犬夜叉だ。
殺生丸は、眼を見開いた。
犬夜叉が目の前に居る。
懐かしいにおい。
囚われ繰り返される凌辱の中で何度その姿が脳裏をよぎったろう。
だが・・・違う。
鋭く伸びた牙。爪。燃えるような赤い眼。頬に走る妖の紋様。
最悪の再会。
犬夜叉は真っ直ぐに殺生丸だけを見ている。
「・・・感動の再会。といったところだな・・・理性が残っていればの話だが。・・・ククク・・・」
死神鬼は壁にもたれ、腕を組みながら余裕の笑みで二人の様子を傍観している。
殺生丸は死神鬼の言う意図をすぐに察した。
今の犬夜叉は完全に妖の血に支配されている。
妖気のにおいはもとより、その様子だ。
異様な程殺気に満ちている。
何より常ならば敵である死神鬼にまず向かっていくハズだが。
過去に幾度かこの弟の妖怪化を見てきたが、すんでのところでいつもギリギリ理性を保っていた。
だが、今は・・・
ボロボロに擦り切れた衣。全身の痣。
おおよそ見当は付く。
犬夜叉は自分を追ってこの男の罠に掛かり、捕らわれ・・・おそらく一部始終をずっと見ていた。
それで妖怪化した。
そして理性を失くし狂ったように暴れていたのだろう。
「犬夜叉・・・」
晒された己の無様な姿よりも、犬夜叉の姿への動揺と悲哀が交錯し、憂いを帯びて揺れる。
「ウウゥ〜〜ッ」
犬夜叉は殺生丸の呼び掛けに反応し、唸り声を上げた。
そして壁際にもたれたままの殺生丸へと走り、飛び掛かった。
犬夜叉と殺生丸。
二つの身体が重なり合った。
犬夜叉の腕が殺生丸を包む。
殺生丸の腕が犬夜叉の背に回る。
だが。
辺りに満ちてくる鮮血のにおい。
殺生丸の左肩に食い込む犬夜叉の牙。
「フハハハハハ・・・ッ憐れだな、殺生丸!!・・・その半妖にはもはや理性などない!」
死神鬼は愉悦に浸った。
そう、犬夜叉にはもはや理性などなかった。
兄への残酷非道な仕打ちから妖怪化し、初めは死神鬼への殺意だけが胸中を占めていたが、妖怪本来の本能が半妖である犬夜叉を狂わせ、元来の願望だけが完全に犬夜叉を支配していた。
“欲しい”と。
欲望と羨望が牙を剥く。
真っ赤な眼がただ殺生丸だけを映し――――――― 狂気の望蜀に染まる。
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