望蜀    7P




 

事が終わり死神鬼の圧迫から解放されても、ぐったりと横たわり着崩れたまま殺生丸は動かなかった。

意識を失ったわけではない。
 ただ、眼は開いていても何も映してはいないようだった。

 
 罪悪感。
 ナニに対して?
 誰に対して?
 何故。

―――――――・・・だが自分は―――――・・・悦楽したのだ。

一度でも、例え僅かでもソレを得ればソレを否定出来なくなる。
 事実、肌に残るのは死神鬼の精だけではない。
 肌を濡らしたのは自身の―――――



 死神鬼は自身の身形を手短に整え、チラと殺生丸を見た。

完全に放心している。
 心ここに在らずといった具合だ。

「殺生丸・・・」

死神鬼は殺生丸の顔に掛かったままの髪をパシッと払いのけ、抱き起こした。

「・・・・・・」
「・・・人形のようだな。まるで。」

死神鬼の言葉にも反応は無く、殺生丸は何も言わなかった。

そんな殺生丸を壁際にもたれさせ、ゆっくりとした所作で殺生丸の身形を適当に整えてやりながら、死神鬼は冷酷に微笑んでいた。

「フ、クククク・・・クク・・・」

崩れた。
 何をしても巌壁の如く孤高を持していたお前が―――――・・・

随分と無駄な時間が掛かったがな。
 だが、わしは存分愉しめたぞ・・・

今度は早く貴様ら兄弟の崩壊が見たい。 

ならば、もう期は今。


「殺生丸。貴様には優しい場所などない。・・・戻る場所も帰る場所も。」

死神鬼は己の牙で指を切り、その血の付いた指で壁の一部を縦になぞった。
 するとその瞬間、ドス黒い光が閃光のように走り、別の空間へと繋がった。
 そしてそれと同時にこちらへ突進するように現れたもの。

赤い水干に豊かな白銀の髪と獣耳。


 そう―――――――

 犬夜叉だ。
 

 殺生丸は、眼を見開いた。

犬夜叉が目の前に居る。
 懐かしいにおい。
 囚われ繰り返される凌辱の中で何度その姿が脳裏をよぎったろう。 

だが・・・違う。

鋭く伸びた牙。爪。燃えるような赤い眼。頬に走る妖の紋様。

最悪の再会。


 犬夜叉は真っ直ぐに殺生丸だけを見ている。


「・・・感動の再会。といったところだな・・・理性が残っていればの話だが。・・・ククク・・・」

死神鬼は壁にもたれ、腕を組みながら余裕の笑みで二人の様子を傍観している。

殺生丸は死神鬼の言う意図をすぐに察した。 

 今の犬夜叉は完全に妖の血に支配されている。
 妖気のにおいはもとより、その様子だ。
 異様な程殺気に満ちている。
 何より常ならば敵である死神鬼にまず向かっていくハズだが。
 過去に幾度かこの弟の妖怪化を見てきたが、すんでのところでいつもギリギリ理性を保っていた。
 だが、今は・・・

ボロボロに擦り切れた衣。全身の痣。

おおよそ見当は付く。
 犬夜叉は自分を追ってこの男の罠に掛かり、捕らわれ・・・おそらく一部始終をずっと見ていた。
 それで妖怪化した。
 そして理性を失くし狂ったように暴れていたのだろう。

「犬夜叉・・・」

晒された己の無様な姿よりも、犬夜叉の姿への動揺と悲哀が交錯し、憂いを帯びて揺れる。

「ウウゥ〜〜ッ」

 犬夜叉は殺生丸の呼び掛けに反応し、唸り声を上げた。
 そして壁際にもたれたままの殺生丸へと走り、飛び掛かった。


 犬夜叉と殺生丸。
 二つの身体が重なり合った。
 犬夜叉の腕が殺生丸を包む。
 殺生丸の腕が犬夜叉の背に回る。

だが。

辺りに満ちてくる鮮血のにおい。
 殺生丸の左肩に食い込む犬夜叉の牙。


「フハハハハハ・・・ッ憐れだな、殺生丸!!・・・その半妖にはもはや理性などない!」

死神鬼は愉悦に浸った。


 そう、犬夜叉にはもはや理性などなかった。

兄への残酷非道な仕打ちから妖怪化し、初めは死神鬼への殺意だけが胸中を占めていたが、妖怪本来の本能が半妖である犬夜叉を狂わせ、元来の願望だけが完全に犬夜叉を支配していた。

 
 欲しいと。


 欲望と羨望が牙を剥く。

真っ赤な眼がただ殺生丸だけを映し――――――― 狂気の望蜀に染まる。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

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