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  烈火の如く 〜烈火〜





 殺生丸・・・まこと憐れだな。
 殺生丸に抵抗の色はない。
 犬夜叉が陰となりその表情は見えないが、今何を思ってる。

「・・・殺生丸。そのままでは喰い殺されるぞ。クク・・・」

 死神鬼はなおも冷笑しながら二人の様子を傍観していた。

「・・・・・・」

 殺生丸は何も言わない。
 痛覚が麻痺しているわけではない。
 だがそれ以上に。
 今、殺生丸の胸中を占める想いは。

牙を突き立てた犬夜叉に左肩の血を啜られながら、殺生丸はただ犬夜叉のにおいを感じていた。


 『憐れ』・・・だと・・・?
 ・・・この自分が?

 ふ・・・そうかもしれぬ。

 もうどうでも良い。

この腕の中でこの牙でこの半妖の弟に殺される。
 これが己の末路。

本来ならば許しがたい所業。
 だが、もはや自分に打開する力は無い。
 逃れる術は無い。
 全てに己は敗北したのだ。
 まんまと罠に嵌まり見事に死神鬼の策略に堕ちた。

 父上・・・これが私の宿業なのか。

覇者覇道を望んだ己に仁愛の心を諭した父上。
 あの時は、憤りを覚えた。
 何故人間などに慈愛を持ったのかと。
 そんなものの為に命を懸けたから、結果無様な死を辿ったのだと。

私は父上のようにはならない。
 私の目的の妨げになる者は誰であれ斬り消す。
 例えそれが血を分けた弟でも。

だが――――――・・・そう誓った己は幾度刀を交えても犬夜叉を殺しきれなかった。

そして鉄砕牙をこの手にするどころか瀕死の身となり・・・あの日この弟の愚行を受けた。
 それでも殺せなかった。
 だからもう犬夜叉の事は考えないようにした。
 己の中に“愛”などない。“守るもの”などない。・・・父上が何を望もうとそれが己。この先も変わらない。ずっと。

 
 ・・・・・・りん・・・その私をお前が。

全てを受け入れ赦せる気がした。
 お前がただ私の傍に在るだけで。


 ・・・私にはもう何も無い。

守りたい者も亡くし、妖力も刀も無い。
 死神鬼に叩きのめされ・・・挙句、半妖の我が弟に喰い付かれている。

父上・・・私はやはり変われてなどいなかった。
 力が有っても無くても初めから私には救えるものも守れる命も無かったのだ。
 全ては己の過信が招いた事。
 爆砕牙を手にし恐れるものなど何もないと。

そして・・・犬夜叉の己への想いから、犬夜叉が己に牙を剥く事はないと信じきっていた。
 いかなる事が起きようとそれは揺るがぬと―――――――

 ふ・・・無様な・・・

 だがもう良いのだ・・・この身は穢れきり・・・死神鬼の手管に染まり・・・その事が犬夜叉を狂わせた。
 
 犬夜叉の眼には今も昔も自分しか映っていない。
 例えそれが狂気の愛でも。
 狂った頭の中ですら自分だけを求めている。

ならばもうそれでじゅうぶん。

悠々の時を生きる己。
 これでもう生きる意味を模索する必要もなくなる。
 この生き地獄に終止符を打つのがこの弟ならば、それもまた定め。
 この殺生丸の血肉、お前の糧とするが良い。

今、この胸にあるのはただ、虚無――――――・・・

 

閉じた殺生丸の目尻から、一筋涙が零れ落ちた。

 

 

犬夜叉は殺生丸の血をひたすらに貪っていた。

人間の残虐性と欲のままに猛る妖怪の血が交錯し、本能が乱れ咲く。


 “欲シイ・・・欲シイ・・・欲シイ”
 “モット・・・コノ体ガ”
 “極上ノ甘美ナ血ノ味”
 “全部俺ノモノ・・・”


 犬夜叉は殺生丸の左肩から牙を抜いた。
 おびただしい赤が殺生丸の左半身を染め上げていく。
 そして再び今度は殺生丸の首筋に牙を突き立てる。

 

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