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  烈火の如く 〜渇愛〜






 目の前には力なく横たわる微動だにしない身体。
 最強の兄を力でねじ伏せた。

 勝った。俺のものになったと思った瞬間、快感が突き抜けた。
 欲情のままに夢中で貪った。
 そして快楽も突き抜けた。

 眩暈がしそうな程の恍惚・・・愉悦・・・。

 なのに。
 この胸の痛みはなんだ?
 ・・・失ったから?
 今更遅い。
 分かってたはずだろう。
 こんなやり方をすれば相手の心は二度と自分には振り向かなくなる。
 得られかけてた僅かな愛情もすべてを失う。
 心底俺を蔑み軽蔑するだろう。

 

 

 ―――――――・・・俺はあの日・・・殺生丸のにおいを必死で辿り、奴の姿を捜した。

 あの日、俺は悔しさと自分の身の危機に、初めて見極めた風の傷を殺生丸に向けて無我夢中で放ったんだ。
 あの時はよく考えている暇も、迷っている暇もなかった。
 だが沸騰した頭の中でも無意識に刀を振り切ることを避けた。刀を振り切れば殺生丸が死ぬことが頭をよぎったからだ。本能的にそれを察知した。
 一瞬の判断を誤れば間違いなく死に至らせただろう。
 いや、天生牙の結界に護られなかったら取り返しのつかない致命傷を負わせていたかもしれない。

 殺生丸を捜しながら、俺は不安で気が狂いそうだった。
 血のにおいをさせたまま放っておけば、妖怪どもに必ず襲われる。意識を失っていれば人間にトドメをさされる可能性だってある。

 

そうしてようやっと奴を見つけた。
 重傷だった。はじめは死んでいるのかとすら思った。何者かに襲われた痕跡こそないものの、着物は無残にあちこち破れ、血が滲み、毛皮にも血が広がっていた。
 俺は奴を抱えながら山中で手近な小屋を探し、人が居ないのを確認すると中に入り、そっと奴をおろし
た。

 その山小屋は廃虚らしく、中は荒れていたが雨風は凌げそうだった。

純血の妖怪で最強の父の血を引く大妖怪である殺生丸。故に、体力や回復力・治癒力がどれ程のものなのかは俺には判らなかった。
 まして普段何を食べて生命を維持しているのかも分からない。というのも、抱え上げた時の奴の重さはまるで猫でも抱いているかの如く軽かったからだ。

しばらくして奴は目を開けた。
 俺が居たことに驚いたようで、威嚇され再び殺し合いに発展しそうな勢いだったが、体が動かないようだったので俺は必死でその場を落ち着かせる為の言葉を並べた。
 顔には微塵も出さないが、相当に辛いのだろう。
 何も言わずに目を伏せてしまった。
 俺はとりあえず奴に触れるのは避けた。警戒させて余計に傷を悪化させるようなことはしたくないし、何より俺に介抱されるなんて死んだほうがマシなくらいに屈辱的に思っているハズだ。
 でも今の殺生丸を放ってなんかおけない。理由の一つに、自分の手で傷を負わせてしまった事への負い目がある。
 だが、それだけではない。
 こんな状態の奴のそばを離れたくない。守りたい。そう思ったんだ。

 俺は小屋の外で見張ることにした。殺生丸もにおいで俺がすぐ近くに居ることは判っているはずだが、何も言っては来ない。
 身体を回復させることが先で、それどころではないのかもしれない。もっとも、回復したら俺は今度こそ殺されるかもしれないが。

 

二、三日経ち、様子を伺うが今日も差し入れた水に手を付けている様子はない。
 だが、立ち上がってこないということは未だ動けないのだろう。
 さすがに俺も心配になり、つい小屋へ入ってしまった。

なんだか苛々した。
 ・・・そもそも殺生丸が俺の施しなど受け入れるわけがないのだが。

縮まらない距離。
 縮められない距離。

今に始まったことじゃない拒絶なのに、何故か無性に苛立った。自分を抑えられなかった。

「なぁ、水くらい飲んだらどうだ。」
「・・・いらぬ。」

・・・こんな調子だ。
 殺気は感じられないし、威嚇はされなくなったものの、あくまで俺を遠ざけたいという奴の心情はひしひしと伝わってくる。
 奴にとって手傷を負って動けない姿を晒すこと・・・そうさせた張本人からの情けなど屈辱極まりない事なのだろう。
 しかも蔑んでいた半妖の弟からの攻撃による傷だ。

「・・・今は休戦したっていいだろう。俺がここにいることは仲間も誰も知らねぇ。・・・動けるようになるまでの間くらい意地張ってねぇで甘えろよ。」
「・・・去れ。」
「このまま他の奴らに襲われてくたばられたんじゃ、俺が納得出来ねーんだよ。不意打ちくらわせたようなもんだからな。」

こんな事を殺生丸に言ったって、無駄なことくらい分かってる。
 おおよそ人間のような感情など持ち合わせていない、奴には理解出来ないだろう。自分以外の誰かを心配したり、愛しいなどと思う気持ちは。
 もとより兄である上に大妖怪の身の上ともなれば、誰かと心を通わすようなことも、その必要もないのかもしれない。
 ましてこの兄の気性だ。自分の目的の為なら、己の命にすら頓着していないような奴だ。

 だけど――――――・・・

 

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