烈火    15P




 

 犬夜叉には兄の真意が解っていた。
 一度の行為で拭い去れる程、刻み込まれた傷はぬるくない。

 プライドの高い兄のこと。
 妖怪たる者が妖力を封じられ、身一つとなった身体を惨虐に玩ばれたのだ。
 心身の痛みを伴ってどれ程屈辱的だったろうと思う。
 その上、半妖の自分に殺されかけた。

 自分はこの牙で兄を襲ったのだ。
 それもまた、消えない事実。

 制御出来ない狂気の血がこの体には流れている。
 半妖である事の未熟さを改めて思い知った。

 そして過ぎるのはやはりあの日の悔恨。

 自分がもしも完全な妖怪であったなら、見事な手際で兄を奪還し救えたのかもしれない。
 りんが亡くなった時すぐにを追い、殺生丸にずっと付いていてやれば回避出来た事。
 離れるべきではなかった。
 何度もそう思う。
 半端な迷いさえなければ。



 大事な存在をその腕に抱き、葛藤の思いを巡らせながら、犬夜叉は山を駆け降りていた。

 川を後にし、先程まで身を休めていた洞窟を横目に雪深い山道を下り、程なくして小屋が見えて来た。

 そう、其処もまたあの時の山小屋。
 あれから長い年月が経っているのに、その小屋はまるでずっと二人を待ちわびていたかのように、変わらず其処に建っていた。

 雪に囲まれ、ひっそりと佇む古ぼけた山小屋。
 中に入り、そっと殺生丸を降ろす。

 中は以前にも増して荒れ果てているかと思ったが、意外にそうでもない。年月の経過でそれなりに朽ちてはいるが十分に雨風は凌げそうだった。

 川辺で行為をし、雪にまみれ、当然だが髪も体もぐっしょり濡れてしまっている。
 寒さは感じなくとも、肌は氷のように冷たい。
 でも、温めあう時間はいくらでもある。

「殺生丸・・・」

 犬夜叉は殺生丸に掛けた己の衣を脱がし、その上に殺生丸をゆっくり押し倒した。

「・・・・・・辛くなったら言えよ。」

 殺生丸の気性を思えば、自分に哀願する事などない。死んでも口にしないだろう。
 だから殺生丸からの返事はおおよそ分かっていたのだが。

「・・・好きにしろ。」
「・・・・・・いいのかよ、そんな事言って。俺は半妖だからな。さじ加減なんて分かんねーし、あの時みてーに殺しかけるかもしれねえぜ。」
「・・・・・・お前の望むままにしろ。・・・私もそうする。」
「・・・・・・」

 その言葉に、犬夜叉は眼を見開き、一瞬言葉に詰まった。
 兄が本当のところどういう意味で言ったのかは分からないが、眼を見れば相手の意思は感じ取れる。自分の解釈が間違ってないのなら・・・

 犬夜叉はふっと微笑した。

「今の言葉、都合いように取らせてもらうぜ。」
「・・・・・・」

 殺生丸は何も言わなかったが、犬夜叉の眼を見て僅かに笑ったその顔は言葉にならない程綺麗だった。

犬夜叉は濡れた肌を温めるように殺生丸の首筋に顔を埋め、最愛の言葉を口にし、額から足の爪先まで隈なくその体を愛撫し舐めていく。
 応えるように殺生丸は犬夜叉にしがみ付き、その熱を受け入れる。

 二人はこの場所で命を契る。









 此処は俺が殺生丸を初めて抱いた場所。
 初めて交わった想いある地。
 再びこの山小屋に連れ込む日が来るとは。

 運命か。

 だけど死神鬼との事がなければ俺たちは今、こうはなってない。
 この場にも居ない。
 あの忌まわしい一件が俺と殺生丸を結んだ。

 まるでこれまでの全ての事がこの日の為の・・・


 ・・・皮肉だな。
 過去、りんから奪いたい位に嫉妬していたのに、今度は俺が他者に奪われた。

 殺生丸を欲するのは自分だけではない。
 嫉妬という名のドス黒い感情が渦を巻く。

 何で身体を許したんだ。
 俺のものだ。
 俺だけが知っている。俺だけの跡を付けた身体。

 天生牙なんて俺には関係ない。
 親父とあの野郎がどういう関わりだったのかもどうでもいい。

 でも、生き返らせたのは殺生丸だ。
 天生牙のことなんて無視しようと思えば出来たはずだ。
 何故、あのまま捨て置かなかった?
 少しは奴に情でもあったからなんじゃないのか。

 殺生丸に非はないのに、俺は責めるように殺生丸を抱いた。
 意識を失うギリギリを見極めて加減し、拷問のように抱き、精を注ぎ込む。

 熱が止まらない。
 情欲を注いでもすぐにまた硬く勃ち上がる。

 お前は俺のもの。
 俺もお前のものだ。

 共に命を燃やす。



 大切な人。大事な人。
 それを心底欲した時、純粋ではいられない。
 眺めているだけで満たされたりなどしない。

 ”無我の愛”?・・・そんなものない。

 それは綺麗事だ。
 美辞麗句など通用しない。

 羨望は愛に変り、憎しみへと変化する。やがてすべてを超越して永遠の絆となる。
 この繋がりは不滅のものとなる。

 抜けない楔を抱いて甘く残酷な光を宿した金色の眼が交わる。
 記憶を塗り返すように何度でも抱く。
 忘れるまで。
 お前は俺だけを考えればいい。

 優しい光など今はいらない。

 愛すれば愛するほどに、どこか何かが歪んでいく。
 優しい愛などない。

 愛は与えるものでも与えられるものでもない。愛は奪うものだと。
 奪い合うものだと。

 ―――――――そう、烈火の如く。



 満月。
 今夜も二人は獣のように求め合う
 月の光に抱かれて。

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