烈火    4P




 

 殺生丸は丸腰だ。加えて先に犬夜叉の牙を受け、重傷を負う身。もとよりずっと外されていない鉄輪により足は酷く傷付き、立ち上がる事も出来ない。
 どうする事も出来ない。

 もう短剣の切っ先は目の前だ。

 終わる。全てが。死神鬼は確信した。

 そして殺生丸の目の前が一面赤く染まった。
 鮮血がしぶく。
 見開かれる眼。

―――――・・・」

 だが、殺生丸の身体に痛みはない。

 自分を覆う赤。
 顔に掛かる、柔らかな相手の髪。

 犬夜叉が・・・目の前に居る。

 そう――――――短剣をその身に受けたのは犬夜叉だった。
 犬夜叉は全速力で駆け、殺生丸をかばい、死神鬼の凶器から身を挺して兄を守ったのだ。


「チッ・・・半妖が・・・」

 死神鬼は忌々しげに舌打ちをした。
 
 心底疎ましい様子で兄弟を睨みつける死神鬼を余所に、兄と弟の時間は重苦しく静寂し静止しているかのようだった。
 殺生丸は犬夜叉の身体を震える手で支え、小さな抑揚のない声で言った。

「・・・・・・帰るのではなかったのか。」
「・・・そんな顔すんな・・・・・・俺は、大丈・・・――――

 言いかけたまま言葉は途切れ、犬夜叉は殺生丸の肩にもたれた。
 徐々に肩に掛かる重みが増してゆく。
 殺生丸に覆い被さっていた犬夜叉の体勢は徐々に崩れ、ゆっくり沈んでゆく。
 殺生丸はその身体を支えながら静かに地に横たえた。
 そして弟の背に刺さる短剣を引き抜いた。

カランッ

 無造作に投げ捨てられた短剣は赤黒く光り、犬夜叉の妖血を吸収した刃が残酷に輝く。

「ふん。他愛ない・・・もうくたばったか。」
「・・・・・・」
「どうする?殺生丸・・・これでもうお前を加護する者はいないぞ。・・・ククク・・・」
「・・・・・・」

 死神鬼は惨忍な笑みを浮かべながら、黙って俯き座り込んだままの殺生丸へとゆっくり歩を進めた。

「・・・・・・這いつくばってわしに赦しを請え。殺生・・・、 ・・・!!」

 言いかけたところで死神鬼は歩みを止めた。

 殺生丸の身体が青白く発光している。

 それを見るや否や死神鬼は突然、体の中で何かが弾けたような感覚に襲われた。
 細胞全てが朽ちてゆくような急激な脱力感。
 思わずガクリと膝を着いた。

 バリバリバリッ

 殺生丸の足枷が、硬い金属の砕ける不快な音を立てながら消滅してゆく。

 立ち昇る妖気。
 凄まじい妖気が辺りに満ちていく。
 銀色とも金色ともつかぬような光を発しながら、ゆらりと立ち上がった者。


 殺生丸――――――――!!


 死神鬼は眼を見開いて、その姿を見た。
 そしてその相手の眼を見た時、恐怖とも畏怖つかぬ悪寒が全身を突き抜けた。

 死神鬼もまた、年月を経た力ある妖怪。
 闘いにおいて、これまで敵に恐怖を抱いた事などない。
 だが、今、前に居る相手は。

 鮮烈な光を纏い神々しくさえあるのに、純白の着物を真っ赤に染め上げ、こちらを見下ろす金色の眼光はまるで妖艶な凶暴さを秘めた悪魔のよう。

 絶対に触れてはならぬ、近付いてはならなかったものに手を掛け、相手の本質を見誤った。
 狡猾な手段で相手を陰湿に弄んだ死神鬼の手落ち。

 殺生丸の身体に流れるは古より受け継がれし大妖怪の血。
 その妖力は他をケタ違いに超越し、遥かに凌駕する。
 潜めていた本性が牙を剥いた時、殺生丸という妖怪の持つ完全な美しさの本当の意味を知るだろう。

 そう、死神鬼ごときが初めから勝てる相手ではなかったのだ。

 呪い返し。呪詛が破れた時、それは己の身に返ってくる。
 邪坤石は消滅したわけではなかった。込めた念の成就とともにヒビ割れ、消滅したと思っていた石は、死神鬼の体内へ溶け込みその血肉と一体となっていたのだ。

 自分をかばい、凶悪な刃をその身に受けた弟。
 犬夜叉を死に至らしめた死神鬼への怒りが、呪詛の念を圧し、打ち砕いたのだ。


 漲る妖力。
 立ち所に傷が癒えてゆく。
 対照的に、内側から体を破壊されていくような痛みに跪いたまま動けずにいる死神鬼。
 そんな死神鬼の背後に迫る二つの青白い閃光。

 ドガッ

「!!ッ・・・・・・グフッ・・・」

 現れた青白い閃光の一つは死神鬼の胸部を貫通した。
 そしてそれはもう一つの閃光と共に、添うように殺生丸の足元へ並んだ。

 いかずちのような紋様が刻まれた破壊の白。
 命を繋ぐ守護の赤。
 二振りの刀。

 そう、屋敷のどこかへ封印されていた二振りの刀は殺生丸の強大な妖力に反応し、呪縛を破り、旋風の如く主の元へと還ったのだった。


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