別に 死にたかったわけじゃない。
でも どっちでもよかったのかもしれない。
白く 白く 染まってゆく景色を ただ見ていた。
「・・・・・・」
感覚が麻痺しているのか不思議と寒さを感じない。
だけどこのままだと確実に死ぬんだろうな。
「・・・・・・」
怖いくらい静かだ。
奈落と闘っていた頃のほうがよっぽど生きることに執着していた。
命を落とす覚悟がありながら死ぬことに怯えていた。
あれから数年。
風穴の呪縛から放たれ、平和そのものにのらりくらりと過ごしてきた。
村人の依頼で妖怪退治を請け負うことはあっても退屈な日々。
珊瑚との暮らしを選んだが、本心からの望みでないことを見抜かれ珊瑚に振られた。
では一体何が自分の本心だというのだろう?
己のことなのに己のことが未だ分からない。
今日もただ過ぎていく一日。 ・・・のはずたっだ。
屋敷に憑いた妖を祓って予想以上の対価を貰い気分が高揚し大酒をくらった。
そうして清酒を何合も仰ぐうち暑くなって気付けば人里離れた山奥まで来ていた。
意識も途切れ途切れで歩く気力もない。
木にもたれ半ば崩れるように座り込んだ。
そのまま眠りどれくらい経ったのか。
肌寒さで目が覚め、辺りを見れば薄っすら白い。
雪だ。
ふわふわと舞う粉雪。
それでもまだ酩酊していて本来なら体の芯から底冷えするであろう寒さを感じない。
だが再び眠って夜を越せば間違いなく凍死するだろう。
鈍い思考の中でもどこか冷静にそれを想定した。
『戻らなければ』と思いながらも『それもいいかもしれない』などと思う自分。
だんだんと粉雪は重さを増し、静かに全てを深く白く染めてゆく。
ただそれをずっと見ていた。
「・・・まあ・・・いっか・・・」
眠ったからって死ぬって決まったわけじゃないし。
否、多分死ぬ。
「・・・・・・」
目を閉じかけたとき。
「・・・?・・・」
何かが動いた気がした。
半目を開けたままぼんやり前を見つめる。
「・・・・・・」
気のせい・・・・・・?・・・・・・、じゃ、ない。
「・・・!・・・」
何だ・・・?
何かが動いてる。
音もなく近付いてくる。
景色と同化しそうなほど白い“それ”。
「・・・・・・!!」
雪女か死神か亡霊か。
近付くにつれ人外であることを認識しそう思ったが、“それ”は。
「・・・・・・珍しいですね。・・・貴方のほうから私に近付くなんて・・・」
純白の毛皮。白銀の髪。
雪に溶け込みそうなほど白い妖。
それなのに凛と立つ圧倒的な存在感。その姿。
殺生丸。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
静寂の中、見つめ合う。
不覚にも綺麗だと思ってしまった。
相手は男だというのに。
でも単純に綺麗なものは綺麗だ。
・・・人間がこんな雪の中、何をしているのかと不思議に思っただろうか。
おかしな奴だと思っているだろうか。
まさかこの身を案じて寄って来てくれたわけではあるまい。
鼻の利く貴方のこと。酒気からおおよそ酔っ払って山中で寝込んでいたのを察したのだろう。
もう関心を無くし、こちらに背を向け歩き出す。
「・・・っ・・・、・・・」
行ってしまう。
「・・・」
私が死のうと生きようとどうでもいいのか。
当たり前だ。
この妖怪が人間の生き死にに左右されるはずはない。
己の生死にすら頓着は皆無だろう。
「・・・ま・・・」
でも。
「待って・・・」
行かないで。
漠然とそう思った。
「・・・待ってください!!」
自分でも驚くほど悲痛な含みを持って懇願するような声が出た。
「・・・っ・・・」
「・・・・・・」
殺生丸の足が止まった。
背を向けたまま静止している。
「・・・・・・」
そんなこと絶対有り得ないのに。
自分を待っていてくれている気がした。
「・・・ッ・・・」
すっかり冷えて硬くなった身体がいうことをきかず引き攣るような痛みが走るが、どうにか立ち上がる。
痺れる脚でよろよろと殺生丸のもとへと歩く。
やっと傍へ近付こうというところで殺生丸は静かに歩き出す。
「・・・・・・」
着いて来い、ということか。
勝手に解釈し後を追う。
お互いに会話は交わさない。
何処へ行くつもりなのか、そもそも自分を誘導してくれているのかも判らない。
ただ黙々と歩く。
揺れる長い髪。
その背中だけを見つめ、ふらつきながら必死に歩いた。
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