「ッ・・・ハ・・・」
足先の感覚が消え体力も限界になった頃ようやく辿り着いたそこへ転がるように倒れ込んだ。
何処だか分からないがおそらく洞穴だろう。
とにかく雪は凌げる。
歩かなくて済む。
やはり誘導してくれたのだ。
「・・・せ、・・・!」
名を呼び掛けたところでもう歩き出そうとする相手。
思わず焦って半身を起こし毛皮にしがみついた。
「・・・・・・」
「何処行くんですか・・・」
礼も言わず、出た言葉。
引き留めるような言動。
その着物はおろか触れたこともない毛皮に触れ、自分は何て大胆なことをしているのか。
人間に毛皮を鷲掴みにされ、さぞ気分を害したことだろう。
きっと蔑んで・・・否、殺意さえ滲ませた眼で己を見下ろしているかもしれない。
そう思いながら見上げたその顔は。
「・・・離せ。」
低く澄んだ声。
困惑したように少しだけ眉を顰めているが、その眼に怒りの色はなく。
“傍にいてほしい”
殺生丸相手にそんなことを思い、縋るように見つめていたからか。
今離しても殺生丸はもう何処かへ行こうとはしない。
そんな気がして腕を解いた。
「・・・・・・」
少しの間こちらを見たまま黙って立っていたが、行くなと訴えかけるように目をそらさない自分に何を思ったのか。
入口付近にゆっくりと腰を降ろす殺生丸。それを見て安堵する自分。
この妖に何かを期待しているわけじゃない。
“人恋しい”
ただそんな想いだったのかもしれない。
このときは。
「・・・濡れますよ。もっとこちらへ・・・」
ふと見た相手の横顔。
その前髪に雪が掛かったのが見え、無意識に声が出た。
寒さなど多分感じていないだろう。
余計なことと分かっていたが、その身を案じてしまう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
返事はない。
聞いているのか聞いていないのか。
目を閉じたまま微動しない。
でも酒と疲れから無防備に寝入っている間、この妖はずっと傍にいてくれたのだ。
もう夜。
今更こんな雪の中戻ろうとは思わない。
自分は此処で一晩越すが、殺生丸はどうするつもりなのだろう。
洞穴に妖怪と法師。
皮肉な組み合わせ。なんとも奇妙な光景だ。
殺生丸の妖術なのだろう。
洞穴の隅に燈る青白い不思議な色の小さな炎。
おかげで互いの姿くらいは認識出来る。
どういうつもりなのか。
もう少しだけ甘えてみたくなる。
だって勘違いされるようなことをする貴方が悪い。
憐れみだろうと何だろうと利用させてもらう。
「・・・もっとこちらへ来てください。」
「・・・・・・」
「寒いんです・・・」
「・・・・・・」
「貴方は平気でも私は風邪を引いてしまいそうだ。」
「・・・うるさい。」
私とのやり取りが鬱陶しいのだろう。
短く言い捨てられた。
でもそんなことじゃ引かない。
「・・・では私がお傍へ行っても良いですか。」
「・・・」
いよいよ面倒になったのか。
出て行くつもりなのだろう。小さく身じろぐ相手。
逃がしてたまるか。
「行かないでください。貴方に今出て行かれたら私は死んでしまう。」
まだ体から酒は抜けていないが、熟睡したおかげで感覚は戻っている。
あからさまな嘘で引き留めることが出来るほど甘い相手じゃないのは判っているが、寒いのは事実。
岩壁に寄り掛かっている殺生丸に正面から覆い被さり、毛皮に顔を埋めた。
傍に居てもらえるだけで奇跡に近いのに、今日の自分は本当に何て貪欲で恐れ知らずなのか。
「・・・法師。」
「嫌なら殺せばいい。」
「・・・・・・」
「簡単でしょう?・・・殺してください。」
「・・・・・・」
先を促すように肩を押え付け圧し掛かる。
「・・・拒まないならこのまま進みますよ。」
「・・・何のつもりだ。」
「寒いんですよ・・・あんな温度のない灯火じゃ・・・もっと寒さを凌げる温もりが欲しいんです。」
「何を言って・・・」
「解ってるでしょう?子供じゃあるまいし。」
言いながら首筋に口付けた。
殺生丸は抵抗しない。
人間の男との交合に興味でも湧いたのだろうか。
まさか自分の嘘を真に受けているわけではあるまい。
こりゃ本当に憐れんでいるのかもしれないな。
・・・何でもいい。
事が終われば殺す気なのかもしれないが。
最期に抱くのが玲瓏なる大妖怪でその貴方に殺されるのなら冥利に尽きる。
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