愛ひとつ




   


寒い。
今夜はとくに冷える。

そう思いながらも犬夜叉は縁側に腰掛け、久しぶりの満月をじっと見ていた。

大寒のこの時季、毎日のように雪が降る。
庭は連日の積雪で何もかも一面真っ白だ。
月明かりで結晶がキラキラと光っている。

だがいつまでも月を堪能してもいられない。
風邪こそ引かないが半妖である犬夜叉の体感温度は人間とほぼ同じ。
暑いときは暑いし、寒いときは寒い。

白い吐息。
そろそろ身体も本当に冷えてきた。

それでも犬夜叉が縁側から動かない理由―――――――――




凍り付くような寒さの中、目を閉じただじっと待つ。



日付が変わろうとする頃、近付いてくる静かな気配。

冷たい床を足音も無く歩く。
庭から反射する月の光と柱の随所に置かれた灯篭の明かり。
揺れて流れる髪が金のような銀のような不思議な色に輝く。
白い着物に溶け込むような白い肌。
絶対的な美貌。
抑えた内から滲み出る圧倒的な妖力。

こんな相手は一人しかいない。

殺。

犬夜叉は殺が此処へ来るのをずっと待っていたのだ。



「殺。」

腰掛けたままの姿勢で目線だけを殺へ向け、呼び掛ける。
だが、返事はない。

「・・・殺。」

夜中に大きな声は出したくないが、少し強めに呼ぶ。
それでもやはり相手からの返事はなかった。

それどころか、無表情のまま素通りしようとしている。
殺が自分の背後を通り過ぎたところでようやく犬夜叉は立ち上がった。

「殺!」

今度ははっきり強く呼んだ。
だが相手はまるで聞こえていないかのように変わらず歩を進める。

「・・・っおい、」
「!」
「呼んでんだから返事くらいしろよ。」
「・・・・・・」

腕を捕られてようやく歩を止めた殺は、そこで初めて犬夜叉に顔を向けた。
それも心底嫌そうな顔を。

「・・・・・・」

その顔に思わず言葉に詰まり、犬夜叉は何も言えなくなった。

「・・・離せ。」
「・・・・・・」

やっと相手から発せられた声には刺々しささえ感じる。
切ないような苦々しいような腹が立つような・・・全部が混ざり合って言葉にならない。

自分はずっと待っていたのに。

「・・・私は他所(ほか)で寝る。」
「!・・・・・・他って・・・お前最近・・・イヤ、いい。・・・何でもいいけどよ、寝るときくらい一緒に・・・」
「結構だ。・・・私にかまうな。」

・・・なんだ、その言い草・・・やっぱり腹が立つ!!

「・・・チッ、勝手にしろ!!」

相手の冷めた言い方に立腹し、犬夜叉は掴んでいた殺の腕を荒々しく離した。

タンッ!!

自分一人寝所へ入ると音が鳴るのもかまわず乱暴に障子の引き戸を閉め、布団の上にごろりと横になった。
ほどなくして殺も何事もなかったかのように歩き出す。

遠ざかっていく相手の気配。匂い。

「ッチ、・・・んだよ、ちくしょう・・・・・・」

どうやら本当に此処で寝るつもりはないらしい。

「・・・亭主のいうことくらい聞けっつうんだよ、あんの強情っ張り!」


“亭主”。
そう、犬夜叉は今や妻を持つ身。

今居る此処は夫婦の寝所。
その縁側で犬夜叉がずっと待っていた相手。

殺。おおよそ夫婦(めおと)の関係とは思えないような態度の殺だが、犬夜叉の妻である。
二人は夫婦なのだ。


殺は犬夜叉の姉。
腹違いではあるが実の姉だ。

犬夜叉は昔からずっと殺を慕っていた。
姉弟の思慕でなく。
ずっと殺が欲しかったのだ。
色々あったが奈落を滅してからの数年間押しに押してどうにかこじつけて、祝言を挙げたのが半年前。

幸せの絶頂―――――――――――・・・の、はずだった

それがどうしてこうなったのか。

さっきのあの態度もそう。
ただの夫婦喧嘩の域じゃないだろう。

犬夜叉は眉間にしわを寄せぎゅっと目を閉じ腕を組み、やりきれない怒りを抑えるように貧乏ゆすりをしながら横になっていたが、ふと感じる明るさに目を開けた。

眩しい。
淡く発光しているような障子。

そうだ、今夜は満月だった。
引き戸を少し開けると輝く月の光が室内に差し込んできた。
同時に流れ込む外の冷気。

「さみ・・・」

犬夜叉はふるりと身を震わせたが、すぐに閉める気にはならず、そのままにしていた。

「・・・こんなはずじゃなかったんだけどなあ・・・」

こんなはずじゃない。

今頃二人で――――――・・・睦言でも交わしながら楽しく・・・と、まで行かなくても雪見でもしながらゆっくり話でもしているはずだった。
でもとてもじゃないが、そんな雰囲気じゃなかった。

「・・・・・・はー・・・」

犬夜叉は柄にもなく本気の溜め息をついた。





 
1P 
 
next  



目次に戻る 

小説ページ(全作品目録)に戻る 

TOPに戻る