殺の態度が急激に変わったのは一月ほど前。
それまでは至って仲良く・・・いや、殺の性格自体は昔からああだからとくに変わっていないといえば変わっていない。
冷たく素っ気無い。
ときに冷酷。
闘いともなれば他を凌駕する恐ろしいほどの妖力を秘めた身。
でも。
優しい女だ。
俺の唯一無二。 生涯を預けた相手。
やっと完成したこの屋敷で祝言を挙げてから、何もかも順調で幸せだった。
それまでも逢瀬を繰り返してはいたが、二人だけの家を構えたことで必然的に一緒に居る時間も増えた。
正確には住んでるのは“二人だけ”ではないが。
この屋敷には邪見の他に数人の従者が居る。
もちろん皆妖怪だ。
殺も俺も誰も要らないと言ったが、邪見が護衛という名目で小間使いをよこしたのだ。
でもそのおかげで身の回りや屋敷の管理をしてもらえて助かっている。
とにかく此処は俺たちの家だ。
二人の時間が増えたことで当然、・・・そういう営みも増えた。
それが何故か久しくご無沙汰だ。
殺が応じなくなった。
というより避けられている。
求めて拒まれたことは一度もなかったのに。
一月前までは。
変わったことは何もない。
毎晩のように求めて、朝を迎える。
あの日の夜も殺は俺の腕の中で眠った。
何も変わりはなかった。
・・・しいていえば朝、少し不機嫌そうだったことくらい。
今までもたまにそんなことはあったから何らおかしくない。
でも殺が応じなくなったのはその晩からだ。
初めはさりげない拒否。
それが連日続き、強引に事に及ぼうとしたら大喧嘩になった。
大喧嘩といっても一方的に大声を出していたのは俺だが。
話より先に無理強いをしようとしたのがマズかった。
さすがに反省して話し合いの場を持とうとしたが、もう遅かった。
あれは一度怒らせたら最後だ。
聞く耳持たずで俺が話し掛けるとフイとそっぽを向き何処かへ行ってしまう。
最近はもう俺の存在自体を避けている。
俺が眠った後にしか殺は寝所に来なくなった。
朝も俺が起きる前には姿を消している。
殺の残り香でその事実が分かる。
俺ももう限界だ。
でもそれだけに次に何かのきっかけで喧嘩になればただじゃ済まない。
本気のやり合いになる。
そんな気がした。
だからあえて俺も避けられるままに放っておいた。
原因を追究して火に油を注ぐ結果になるのが怖かったから。
だいたい、俺は怒られるようなこと何もしていない。
・・・はずだ。
・・・・・・毎晩のように求めたのが気に障ったんだろうか。
実は身体が疲れていたとか。
行為に飽きた・・・とか?
解らない。
でもこんなのは良くない。
一緒に居るのに。
やっと夫婦になれたのに。
・・・それとも殺は夫婦生活に嫌気が差したんだろうか。
「・・・・・・わっかんねえ。」
独り言ばかりが出てくる。
「殺、俺何かしたかー・・・?」
ああ、月が綺麗だ。
久しぶりの月。
「寒ィ・・・・・・」
吐く息が白い。
でもあいつは白い息なんか吐かない。
元々体温が低いからな。
さっきもそうだ。
掴んだ腕が布越しでも氷のように冷たかった。
もしかしたら本当は寒いのかと錯覚する。
温めてやりたい。温まりたい。
こんな夜は二人で。
今夜なら互いに落ち着いて話が出来るかもしれない。
そう思って寝ないで待っていた。
殺が来るのを。
・・・それなのにとうとう“他で寝る”とか言いやがった。
いよいよ寝所まで別にする気なのか。
俺と同じ空気すら吸いたくないってことか。
最近じゃもう他人に対する態度のそれだ。
いや、それ以下だ。
殺気こそないが居合わせた途端、ヒリつくような妖気を発する。
俺の何がそうさせる?
「・・・殺・・・・・・あ〜っっ!!、ちくしょう、うだうだ考えんのは性分じゃねえ!!」
明日だ!!
なにもかも明日。
明日こそちゃんと話し合おう。
きっと酷い事にはならない。
・・・もしあっちがその気でもこっちが手を上げなきゃいいだけだ。
犬夜叉は障子を閉めることなく、目を閉じた。
同じ頃、殺もまた月を見ていた。
「・・・・・・」
犬夜叉の近頃の様子。
困惑し戸惑っている。
当たり前だ。己がそうさせている。
さっきの犬夜叉の顔。
怒っている以上に・・・・・・
傷付けた。
きっと話し合いの場を持つ為に己を待っていたのだろう。
でも私は話し合いなどしたくないのだ。
私は・・・
「・・・犬夜叉・・・」
祝言を挙げたときの犬夜叉の顔。
皆の喜ぶ顔。騒がしい宴。
馬鹿らしいと思った。けれどこの自分も確かに楽しかったのだ。
そして今も。
いや、一月前までは。
「・・・・・・どうすればいい・・・・・?」
これまで迷うことなどなかった己から出た弱気な言葉に思わず自嘲の笑みが零れる。
「・・・・・・」
凍り付くような冷たい夜風に吹かれながら、殺はいつまでも月を見ていた――――――――
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