人里離れた山奥。
薄暗い廃屋に金色の光が二つ。
横たわるそれをじっと見つめていた。
何でこんなことしたのか。
衝動的だった。
でも意外な事をしたわけじゃない。
俺の中ではな。
犬夜叉は傍に置いた鉄砕牙を手に取った。
壁に寄り掛かり、両膝を立てて座り込んでいる犬夜叉。
その傍にはぐったりと動かない殺生丸。
「フー・・・・・・」
犬夜叉は退屈そうに息を吐き、鉄砕牙を見つめた。
「・・・やっぱお前には結構効くんだなァ・・・・・・」
上手く行き過ぎて笑えてくるぜ・・・
「フ・・・・・・ほんとの意味で上手く行ったのかどうかはわかんねーけどな。」
けどもう後に引けねーだろ。
ここまでやっちゃ・・・
「・・・クク・・・」
事に及んだのは奈落を滅してからすぐだった。
いくら殺生丸でもあれだけの闘いで少しも疲弊しないなんてことはない。
まして爆砕牙を振るえば妖力の消耗は相当なものだ。
それにあのとき曲霊に貫かれた腹・・・
注がれた毒がまだ体内に残っているかもしれない。
たしか邪見が曲霊の毒は殺生丸の毒爪より強力だと言っていた。
奈落の痺気以上に強い曲霊の毒を浄化するには時間が掛かるはずだ。
それなのに殺生丸は苦しさなど微塵も顔に出さずそのまま奈落との闘いに挑んでいた。
怖いと思った。
曲霊の触手が殺生丸を貫いたあのときの光景がずっと頭を離れない。
あのとき 死んでいたかもしれない。
奈落を滅し全てが終わった後、この深い森の中で休んでいるお前を見付けた。
元々仲良く話なんかしたことのない間柄。
常なら避けて通る相手。
だが俺は此処にお前が居るのが分かっていて近付いた。
何かを期待したわけじゃない。
ただ顔が見たかった。
姿を確認したかった。
それだけの思いで近付いた。
殺生丸は俺の接近ににおいで気付いているはずなのに動かない。
とうとうすぐ傍、目の前まで迫った。
そこでようやく殺生丸は目を開け俺を見た。
俺は何も言わなかった。
だって別に用があったわけじゃないから。
言葉が何も出なかった。
そのとき自分がどんな顔をしていたのかは分からない。
相手は俺からの言葉を待つつもりも、まして話しかける気など毛頭ないらしい。
無言でただ前に突っ立っている俺に苛立ちを滲ませた眼を向け、殺生丸はゆっくりと立ち上がった。
どこか面倒臭そうに気だるげな様子とあからさまに機嫌を損ねた顔。
それはそうだ。
山深くのひと際清浄なこの場所でたった今まで休息していたのに、俺が来たことで立ち退くはめになったのだから。
妨害以外のなにものでもない。
言葉もなく俺に背を向け歩き出す殺生丸。
「・・・・・・殺生丸。」
つぶやくように呼んだのは無意識だった。
だが今更やっと言葉を発してみたところで相手は振り向きもしなかった。
「・・・・・・」
闘いを共にしても何も変わらない。
この距離は一定を保ったまま。
殺生丸にとってはただ敵を同じくしたから共に闘っただけのこと。
それだって真の目的はあくまでりんの救出。
もう俺は用なしか。
爆砕牙があればもう俺には関心なしかよ。
忘れるのか。
鉄砕牙のことを。
以前のような執着を見せろよ。俺に。
曲霊に貫かれた殺生丸の光景。
簡単に。
命を散らすな。
俺のことを考えろよ。
俺は殺生丸の腕を掴むと同時に叩きつけるように木に押さえ込んだ。
「!!!・・・ッ!!」
木の葉がパラパラと落ちる程の衝撃。
常人なら背骨が折れてる。
まさか今更俺に牙を剥かれるとは思わず油断していたのだろう。
そしてやはり。
「・・・やっぱりか・・・」
「!?・・・・・・貴様・・・ッ!!」
突然の暴力に加え何か察したようなことを口にする俺に、相手の表情は見る間に色を変える。
一瞬の驚愕は怒り狂いそうな眼へと変わり鋭く光る。
「ふ・・・」
「・・・犬夜叉・・・!!」
ますます怒りに燃える殺生丸の眼。
だがその眼は悔しさと屈辱と動揺が混じり揺れている。
「・・・ッ」
「・・・・・・」
簡単に押さえ込まれやがって。
『離せ』と言わないのは。
自らでは振り解けないことを意味している。
俺に本気の力で掴まれたら今のお前は敵わない。
お前もさっきそれを分かっている。
振り解こうとして俺の手がびくともしなかったから。
浄化しきれていない毒が辛いなら。
疲れているなら。
そのまま休んでいればいいものを。
まるで逃げるようにその場を去ろうとしたお前の背中が許せない。
「・・・悪ィな。」
「――――」
腰から半分程抜いた鉄砕牙。
体の前で斜めになったままの状態。
俺はそのまま殺生丸を抱きしめるように体を密着させた。
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