殺生丸は薄っすらと目を開けた。
「・・・気が付いたかよ。」
耳に入ってきた言葉と視界に映る姿に、ぼやけていた意識がはっきりと覚醒する。
甦る凌辱の記憶と体中の痛み。
殺生丸は身を起こし怒りに震える眼で射殺さんばかりに犬夜叉を睨め付けた。
「・・・ッ・・・貴様・・・!!」
「・・・・・・」
「よくも・・・ッ・・・気でも触れたのか!?」
犬夜叉は傍観者のように落ち着き払っている。
そして一言返した。
「何が?」
意表を突くとぼけたような台詞。
殺生丸は一瞬唖然とした。
だがすぐに身のうちから怒りが沸きあがる。
「ふざけるなッ!!」
ガッと殺生丸の手が犬夜叉の首を掴む。
だが同時に、殺生丸が犬夜叉の首を締め上げる前に犬夜叉がその手首を掴んだ。
拮抗する力。
「・・・ふざける?」
冗談でこんな事が出来るか。
「お前は・・・何にも分かってないんだな。」
お前は俺をかいかぶり過ぎている。
犬夜叉は殺生丸の手首を一層強く掴んだ。
「ッ・・・」
ミシ、と骨の軋む感触が伝わっても力を弛めない犬夜叉。
痛みに殺生丸の腕から力が抜ける。
犬夜叉は瞬時に掴んだ手首ごと殺生丸を床に押し倒した。
「!!・・・ゥ・・・ッ」
衝撃で視界が歪む。
脳震盪を起こしたのかもしれない。
「・・・・・・」
「犬夜・・・叉・・・ッ!!」
無言で早速体を進めてくる。
まるで獣。
隙を与えぬ猛攻で獲物を弱らせて嬲り捕食する。
分かっていた。
あのときの犬夜叉の顔。
言葉もなくただ己の前に立ちこちらを見る眼。
縋りたいと 欲しいと 救いを求めている。
それでいて餓えている。
そんな眼をしていた。
だが犬夜叉がその意を兇器の爪でもって己に振りかぶることはない。
そう思っていた。
「・・・っ・・・ク・・・」
「ツ・・・ってェな・・・引っ掻くんじゃねえよ、猫じゃあるまいし。」
「ふざけ・・・っアァッ!!」
「・・・だから暴れんじゃねーよ。」
「ゥ・・・ッ」
お前が悪い。
内を滾るこの蒼の情炎を。
知らぬ存ぜぬでやり過ごそうとしたお前の落ち度。
「ハ、ア・・・ッ」
お前の気持ちなんかどうでもいい。
想いだけでどうにかなるほど温くない相手。
駆け引きは無意味だ。
どう探ってもどうせ鍵の掛かった箱のように中身は殺生丸にしか分からない。
そして当の本人ですら開ける鍵を持っていない。
もはや鍵は行方知れずだ。
だったら。
ちまちまと四苦八苦しながら鍵穴に合うよう削るより。
合わない鍵でも強引に挿し込めばいい。
何度でも。
壊れるのを恐れて優しく扱っていたって永遠に開きやしない。
それなら無理にでも捩じ込み続ければどちらも削がれていつかは一つになるだろう?
「・・・ハァ、ハァ、・・・ゥ・・・ア・・・ッ」
「ハァーッ、ハァーッ、」
「い、ぬ夜・・・叉・・・ッもう止・・・せ・・・ッ」
「ハァーッ、ハァッ、・・・今更・・・ッ」
「ゥアッ!!・・・ア・・・ア・・・ッ」
ああ、また血のにおいがする。
見れば鮮やかな赤が足の間を伝っている。
人形のようにされるがまま力なくただ揺れるだけの身体。
乱暴に突くといつの間にか意識を飛ばしている。
意外と脆い。
「・・・・・・しょうがねーな・・・」
大事にしていた。
でも心静かに想っていたって勝手に死なれたんじゃたまんねえよ。
殺すも殺されるもお前と俺。
それ以外なくていい。
だって以前はそうだっただろう?
奈落だとか曲霊だとか冗談じゃねえよ。どうでもいい。
「・・・・・・」
犬夜叉は抱え込んでいた腰をゆっくり離し、そっと横たえた殺生丸を強く抱きしめた。
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