幾重にも重なる切り立った岩の狭間。
闇に浮かぶ影が二つ。
細い手が男の首に回る。
それが合図のように重なり合う体。
情愛を一切含まない前戯で性急に腰を進める男。
それでも組み敷かれた女は歓喜に震え狂ったように自らも腰を動かす。
睦言一つ交わさず互いを貪る。
快楽を得る為だけの淫事が終わる頃、細かった月は満月に変わっていた。
身形を適当に整え男が立ち上がると、女も半身を起こす。
自身の足首に掛かるほど長いうねりのある髪が体に沿うように広がる。
着崩れ露わになったままの豊満な胸と赤い唇。
何とも官能的な姿。
月明かりに縁取られた男の体を尚も物欲しそうに見つめる女の眼はギラギラと輝き肉欲に満ちている。
「ねえ、今度はアンタのお屋敷に連れて行ってよ。」
「・・・次に会うことがあればな。」
約束染みた言葉に、僅かに振り返り肯定とも取れる返事を返した男。
その表情は逆光で分からない。
否、日中であったとしても分からないだろう。
僅かに左を向いたそこに有るのは形ばかりの仮面でしかないのだから。
分かるのは冷めた笑みを浮かべる口端だけ。
己の肉体としての左顔上半分が男には無いのだ。
だが残された右眼は残酷なまでに冷たく女を見下ろしている。
男の本性そのもののように。
男はフン、と口端で笑い歩き出す。
たまたま出会っただけ。
たまたま殺し合わずに済んだだけ。
興が乗って体を繋いだだけ。
それから一月経った今宵、偶然もう一度出会っただけ。
己の本当の欲求はこんなくだらない性交では満たされない。
女になど興味はない。
熱を吐き出す為の器ならば誰でも良い。
馬鹿な女だ。
我が屋敷に、だと?
余計な感情は必要ない。
屋敷に来たいなら来るがいい、その時がお前の最期。ただの肉人形になれぬなら褥(しとね)で殺してやる。
「・・・死神鬼。」
女の声に、男の足が止まる。
名を名乗った覚えはない。
互いに。
「アンタの事は知ってるよ。」
「・・・・・・」
何だ、この女。
「私はあの男・・・闘牙王に仕えていたことがあるからね。」
「―――――」
「・・・アンタ、生きてたんだねえ・・・」
「・・・・・・」
「ああ、誤解しないでおくれよ。アンタと私の出会いは偶然さ。」
そう言い、女は立ち上がると微動せず黙ったままの男・・・死神鬼の正面に回り込み体を密着させた。
「・・・前に初めて会ったとき一目で分かったよ。綺麗な藤色の髪とえんじ色の眼・・・作り物の左顔・・・」
いやらしい手つきで死神鬼の髪に触れながら仮面をなぞる女。
「もったいない。せっかくイイ男なのにねえ・・・クス・・・」
「・・・・・・」
「私は別にアンタの敵でも味方でもない。闘牙王に仕えたのは成り行きさ・・・」
「・・・・・・目的は何だ?」
「目的なんかないさ、言っただろ。私らの出会いはほんとの偶然。・・・でもアンタと私、お互い具合は悦いんだしいっそ一緒に・・・」
「興味はない。」
「これでも・・・?」
女はあざとく淫らな吐息を吐きながら腰をくねらせ、艶かしい目つきで死神鬼を見つめる。
「フン。」
死神鬼は冷淡に嘲笑い、擦り寄る女を押し退ける。
「・・・あの女が忘れられないわけ?」
「!―――――・・・」
「アンタ、あの化犬一族の女が好きだったんでしょ。額に三日月のある・・・」
「・・・・・・」
「闘牙王とアンタは敵だったけど、本当の敵同士ではなかったはず。それが崩れたのはあの女が現れてから・・・」
「気が変わった。」
「え?・・・」
我が屋敷に連れるまでもない。
ザシュッ
「・・・ッ!!!!」
死神鬼は自らの手で女を貫いた。
そして何の躊躇もなく腕を引き抜く。
「・・・ク・・・ッ!!」
心臓ごと貫いたのだから放っておいてもすぐに息絶える。
余計な興味を持たなければもう少し長生き出来たものを。
女の様子を見ることなく死神鬼は歩き出す。
|