渇愛    4P




 
 

俺は緊張した。
 だが、察するに今のところ惨劇にはなっていないようだ。殺生丸以外の血のにおいはしない。

 俺は、とりあえず中の様子を探る為、小窓から覗き見た。

そして驚いた。

見ると、子供が一人、殺生丸に寄り添っているではないか。
幼い・・・まだ童女だ。
一体何をしているんだ??早く離れないと殺されかねない。殺生丸は人間が嫌いで虫ケラぐらいにしか思っていない。

 何かを差し出して、撥ね退けられている。
 幼い子供は、それをまた必死で掻き集めている。何か食べ物のようだ。
 どうやら、傷を負った奴を介抱しようとしているらしい。

「いらぬと言っている。」

 静かだが、怒気のこもった声が聞こえた。
 まずい。逆鱗に触れないうちに早くあの子供を遠ざけないと――――――・・・

 そう思い、小屋に入ろうとした時だった。

「・・・顔をどうした?」

 そんな言葉が聞こえてきた。

 幼い少女は、ふいに顔を上げ、何も答えずにじっと殺生丸を見つめている。・・・口が利けないらしい。それは奴にも判っただろう。

「・・・言いたくなければいい。」

 俺は耳を疑った。
 殺すどころか相手の様子を・・・まるで心配して放った言葉とも取れるようなことを、奴が言うなんて。

 俺が唖然としていると、誰かに殴られたのだろうか、腫れた顔に満面の笑みを浮かべた少女が出てき
た。

 その幼い少女は俺には気付かず、嬉しそうな足取りで、人里のほうへと帰っていってしまった。

 こんな夜の山中に童女が一人で居るなんて心配だが、・・・あの少女は怖くはなかったのだろうか。
 目の前に居るのは人間ではないことくらい、姿形で判るだろう。いくら美しく人型を取っていても、本性は化け犬であり、妖怪なのだ。もっともあの少女が知るはずもないが。

 俺は小屋に入った。

 殺生丸は俺が様子を伺っていた事は分かっているから、見られていたのが癪だったのか、俺が入って来るなり顔を背けてしまった。
 だが俺は問わずにはいられなくて、薬草を小屋の隅に置くなり、すぐに奴の傍へ寄った。

「あの小娘、てめぇの知り合いか?」
「・・・知らん。」
「何で殺さなかったんだ?」
「・・・・・・」
「お前、人間が嫌いなんじゃなかったのかよ」
「・・・・・・」
「何で大人しく介抱されてたんだ。」
「・・・人間の施しなど受けてはおらぬ。」
「じゃあ何で殺さなかったんだ。今のお前でも、あんな小娘一匹くらいどうとないだろう。」

 ―――――――これじゃあ、尋問だ。
 ・・・常なら出ないような言葉が、恐ろしい程に自分の口から溢れる。

「・・・あの娘は私を殺そうとはしなかった。ならば私があの娘をわざわざ手にかける必要もない。」
「だからって追っ払わずに好きにさせておくなんて、手懐けて餌にでもするつもりだったのかよ?」

自分の発する言葉の汚さに、嫌でも人間の血が流れている事を自覚する。

「・・・・・・私は人間など食すほど下等ではない。」 

 殺生丸は落ち着いている。
 怒らすようなことを俺は言っているのに。
 呆れているんだろうか・・・。
 まるで、俺の本当の気持ちを見透かされているみたいだ。

俺が黙ったままでいると、珍しく奴の方から言葉が続いた。

「あれは、昨日も来ていた。」

・・・えっ・・・?

「お前が出た後、間もなくしてあの小娘が現れた。・・・あの娘はお前がしたように水を持って来たりしていた。私に害を成さないので放っておいた。それだけだ。」

そんな話は初めて知った。
 当たり前だが、知らなかった。分からなかった。
 ・・・だが。言われてみれば、今思えば戻ってきた時に微かな人間のにおいを感じたんだ。殺生丸のそばから。
 あの時は訊ける雰囲気ではなかったし、俺がそんな事を気にしている場合じゃなかった。それに、この山小屋からそう遠くない位置に人里があるから、誰か人間が通りかかっただけだろうと思い、気にも留めなかったんだ。

まさかあの少女が昨日も来ていたなんて。

俺は少し動揺し、何故か苛々した。
殺生丸があの童女を殺さずに済んだのは、安堵すべき事なのに。

・・・・・・。
落ち着け、駄目だ。

ここでこれ以上余計な事を言えば、再びまた元の険悪な関係に戻ってしまう。

俺は必死で自分をなだめ、次の言葉を探した。

「へえ・・・そうだったんだな。まあ、いいや。・・・殺生丸、ちょっと傷見せてみろよ。薬草持ってきたん
だ。」

「・・・いらぬ。」
「まあそう言うなよ、てめぇだって一刻も早く傷治してさっさと出て行きたいだろ?」
「・・・・・・」
「・・ほら・・・、」


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