俺は緊張した。
だが、察するに今のところ惨劇にはなっていないようだ。殺生丸以外の血のにおいはしない。
俺は、とりあえず中の様子を探る為、小窓から覗き見た。
そして驚いた。
見ると、子供が一人、殺生丸に寄り添っているではないか。
幼い・・・まだ童女だ。
一体何をしているんだ??早く離れないと殺されかねない。殺生丸は人間が嫌いで虫ケラぐらいにしか思っていない。
何かを差し出して、撥ね退けられている。
幼い子供は、それをまた必死で掻き集めている。何か食べ物のようだ。
どうやら、傷を負った奴を介抱しようとしているらしい。
「いらぬと言っている。」
静かだが、怒気のこもった声が聞こえた。
まずい。逆鱗に触れないうちに早くあの子供を遠ざけないと――――――・・・
そう思い、小屋に入ろうとした時だった。
「・・・顔をどうした?」
そんな言葉が聞こえてきた。
幼い少女は、ふいに顔を上げ、何も答えずにじっと殺生丸を見つめている。・・・口が利けないらしい。それは奴にも判っただろう。
「・・・言いたくなければいい。」
俺は耳を疑った。
殺すどころか相手の様子を・・・まるで心配して放った言葉とも取れるようなことを、奴が言うなんて。
俺が唖然としていると、誰かに殴られたのだろうか、腫れた顔に満面の笑みを浮かべた少女が出てき
た。
その幼い少女は俺には気付かず、嬉しそうな足取りで、人里のほうへと帰っていってしまった。
こんな夜の山中に童女が一人で居るなんて心配だが、・・・あの少女は怖くはなかったのだろうか。
目の前に居るのは人間ではないことくらい、姿形で判るだろう。いくら美しく人型を取っていても、本性は化け犬であり、妖怪なのだ。もっともあの少女が知るはずもないが。
俺は小屋に入った。
殺生丸は俺が様子を伺っていた事は分かっているから、見られていたのが癪だったのか、俺が入って来るなり顔を背けてしまった。
だが俺は問わずにはいられなくて、薬草を小屋の隅に置くなり、すぐに奴の傍へ寄った。
「あの小娘、てめぇの知り合いか?」
「・・・知らん。」
「何で殺さなかったんだ?」
「・・・・・・」
「お前、人間が嫌いなんじゃなかったのかよ」
「・・・・・・」
「何で大人しく介抱されてたんだ。」
「・・・人間の施しなど受けてはおらぬ。」
「じゃあ何で殺さなかったんだ。今のお前でも、あんな小娘一匹くらいどうとないだろう。」
―――――――これじゃあ、尋問だ。
・・・常なら出ないような言葉が、恐ろしい程に自分の口から溢れる。
「・・・あの娘は私を殺そうとはしなかった。ならば私があの娘をわざわざ手にかける必要もない。」
「だからって追っ払わずに好きにさせておくなんて、手懐けて餌にでもするつもりだったのかよ?」
自分の発する言葉の汚さに、嫌でも人間の血が流れている事を自覚する。
「・・・・・・私は人間など食すほど下等ではない。」
殺生丸は落ち着いている。
怒らすようなことを俺は言っているのに。
呆れているんだろうか・・・。
まるで、俺の本当の気持ちを見透かされているみたいだ。
俺が黙ったままでいると、珍しく奴の方から言葉が続いた。
「あれは、昨日も来ていた。」
・・・えっ・・・?
「お前が出た後、間もなくしてあの小娘が現れた。・・・あの娘はお前がしたように水を持って来たりしていた。私に害を成さないので放っておいた。それだけだ。」
そんな話は初めて知った。
当たり前だが、知らなかった。分からなかった。
・・・だが。言われてみれば、今思えば戻ってきた時に微かな人間のにおいを感じたんだ。殺生丸のそばから。
あの時は訊ける雰囲気ではなかったし、俺がそんな事を気にしている場合じゃなかった。それに、この山小屋からそう遠くない位置に人里があるから、誰か人間が通りかかっただけだろうと思い、気にも留めなかったんだ。
まさかあの少女が昨日も来ていたなんて。
俺は少し動揺し、何故か苛々した。
殺生丸があの童女を殺さずに済んだのは、安堵すべき事なのに。
・・・・・・。
落ち着け、駄目だ。
ここでこれ以上余計な事を言えば、再びまた元の険悪な関係に戻ってしまう。
俺は必死で自分をなだめ、次の言葉を探した。
「へえ・・・そうだったんだな。まあ、いいや。・・・殺生丸、ちょっと傷見せてみろよ。薬草持ってきたん
だ。」
「・・・いらぬ。」
「まあそう言うなよ、てめぇだって一刻も早く傷治してさっさと出て行きたいだろ?」
「・・・・・・」
「・・ほら・・・、」
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