そうして俺が奴の肩に手を掛けた途端、思い切り振り払われた。
「貴様の施しなど受けぬ!」
・・・こうなることは分かっていたはずじゃないか。
落ち着け。
「・・・そう言うなよ。俺だって今、お前を殺そうとしてるわけじゃねーじゃねぇか。あの小娘は好きに介抱させておいたんだから、俺のことも勝手にしてることだと思って・・・」
そう言い、殺生丸の着物の襟に手を掛けた時だった。怪我人とは思えない程の力で俺は手首を掴まれ、瞬間、焼けるような激痛が走った。
見ると、殺生丸の毒爪が食い込み、皮膚を溶かし始めている。
「いらぬと先から言っているだろう!」
俺は自分の手を引っ込める為、殺生丸を突き飛ばした。
殺生丸は、今の攻撃で消耗したのか、倒れ伏せたままの姿勢で荒く乱れた息をしている。
張り詰めたような重い空気が流れ、沈黙が続いた。
しばらくして、俺のほうから先に言葉を紡いだ。
「・・・なあ・・・何でそんなに拒むんだよ?」
おおよそ返事が無いか、返答があったところで、その内容は見当がつくのに。
俺はあえて訊いた。
・・・だって昨夜は、俺に抱き締められても抗わなかったじゃねぇか。
今朝まで、そのまま俺の腕の中で眠っていたじゃねぇか。
「・・・まこと人間というのは勝手な生き物だな。」
静かに抑揚のない声で、返事は返ってきた。
「拒めば無理にでも己の執着のまま入り込もうとする。許せば更に深く入り込もうとする。相手の胸中を探ろうとする。・・・他人の”心”とやらがそれ程重要か?」
「・・・・・・殺生丸、俺は・・・」
「こじ開けて覗いてどうする。半端な同情・・・無意味な感傷・・・そんなものは必要ない。力こそ全て。己を救えるのは己でしかないのだ。」
「・・・っ・・・・・・」
何も言い返せない。
確かにその通りだ。けどじゃあ何で・・・お前だって今まで矛盾した行動してるじゃねぇか。
「・・・去れ。犬夜叉。」
・・・・・・無理なのだろうか。
この兄が他人に心を許すことなど、永遠にないのだろうか・・・。
否、そもそも純粋な妖怪である殺生丸は、初めからそんな感情は持ち合わせていない。
妖怪と人間が心を通わす事など不可能なのだ。
・・・・・・。
・・・そんなハズはねぇ。
俺は・・・俺たちは兄弟なんだ。
・・・俺は・・・!!
俺は、殺生丸に詰め寄ると昨晩のように強引に抱き寄せた。
一瞬の事に驚いたようで、身体が強張ったのが分かったが、その力はすぐに抜けた。
だが殺生丸の右腕は俺の背中に回り、毒爪は布を突き破り、俺の肌に食い込もうとしている。
構わず俺は抱き締めながら言った。
「殺生丸・・・俺を今、引き裂くなら引き裂いてもいい。」
「・・・・・・」
「・・・かまわねぇ。やれよ。」
「・・・離せ。」
「嫌だ。」
!!ッ・・・
殺生丸の毒爪を持つ指は、深く俺の背を突き刺している。
「離せと言っている・・・」
なんて冷たい瞳。
静かな声。
一体なにだったら、お前の心を動かせるんだ?
「・・・俺にとってはお前が唯一なんだ。・・・俺はお前のことが・・・」
「!・・・」
「俺は・・・、」
言いかけたところで、殺生丸は次の瞬間、スッと澄んだ金色の眼で鋭く俺を見据え、冷たく言い放った。
「・・・私に触れるな。薄汚い半妖が・・・無礼者め。」
――――――――・・・その言葉を聞いた瞬間、俺は凍りついたように固まった。
そして、気が付けば殴り飛ばしていた。
殺生丸は、苦しそうに突っ伏している。
真新しい鮮血のにおいが漂ってきた。今の衝撃で傷口が開いたのだろう。
俺は奴にゆっくり歩を進めながら考えた。
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