渇愛    6P




 

 俺は浅はかだったのかもしれない。

 昨夜の一件で、すっかり奴に甘えていた。淡い期待を抱いてしまっていたんだと思う。
 この期を上手くすれば、殺生丸との関係が修復されるかもしれない。と。
 自己の勝手で距離を縮める事に急いて、相手は相手のままであることを無視していた。
 結果、このザマだ。
 惨めといったらない。 

 ・・・この兄には、届かない。
 自分がどれだけ想おうと。
 このままでは一生触れることも叶わない。
 どうすればいい。

 ・・・・・・そもそもトドメを促すような事を言っていた。
 それは俺になら殺されてもいいってことか。
 自分は俺を殺さないクセに。


  俺は笑いがこみ上げてきた。
 実際に薄っすらと笑みをこぼしていたかもしれない。


 俺は、息を整えている殺生丸に近付くと、綺麗な白銀髪を鷲掴みにしてグイと引っ張り、顔をこちらに向けさせた。
 着物の脇を押さえている殺生丸の右手は血で染まっている。
 それでも、一点の曇りも陰りもない澄んだ瞳で俺を見据えてくる。
 温度のない冷たい眼。
 この眼を知っている。何度も闘いの中で目にしている。敵に対する眼だ。

「なぁ・・・お前、俺に トドメを刺さないのは愚かだ っつってたよな。」
「・・・それがどうした。」

何の動揺もない声。

「俺が今殺しちまっても、かまわねぇってことだな?」
「・・・何故、私に訊く。・・・無駄口を叩くよりその鉄砕牙で貫いたらどうだ?私とて心臓を貫かれれば生命は絶たれる。首を飛ばしても同じことだ。」

少しの迷いもない声。・・・何故こうも自分の命に頓着せずにいられるのだろう。もとより、この気性では、人間のような命乞いとは無縁なのだろうが。

「・・・じゃあ好きにさせてもらうぜ。覚悟しな。」

俺は鉄砕牙をかまえた。
 殺生丸は、目を閉じた。・・・気の乱れは感じない。本当に大した奴だ。こいつは確かに大妖怪なのだ。

俺は鉄砕牙で殺生丸を刺した。

「・・・ッ!!・・・っ・・・」
「・・・・・・」

俺は・・・殺生丸の右腕を刺したのだ。

痛みを堪えて・・・というより、怒りを露にして、か。殺生丸は俺を鋭く睨み付けた。

「貴様・・・っ!!」
「・・・・・・」

俺は自分でも不思議なくらいに冷静だった。

「・・・ッ・・・何のつもりだ・・・!」
「・・・何のつもり?」

俺は殺生丸の右腕に刺したままの剣を更に深く押し入れた。

「!!ッく・・・っ」

美しい顔が苦痛に歪む。
 貫いた切っ先から血が滴り落ちた。

「・・・どうせならじっくり嬲ってから殺してやるよ」
「・・・貴様・・・ッ」

殺生丸は俺の目に狂気を見ただろう。
 自分でも分かる。抑えきれない欲望がもうすぐそこに来ていることに。

俺は剣を腕から引き抜いた。

「アアッ!!・・・ッ」

右腕からはドクドクと血が溢れはじめた。次から次へと袖口へ伝い、指先から床へ広がっていく。
 俺はもちろん殺生丸を殺す気などない。
 ただ、暴れないようにするにはこれしか方法が思いつかなかっただけだ。

「痛いだろうな・・・。でもそれが生きてるって証だ。」
「何を・・・」

 俺だって本当は一瞬迷ったさ。
 殺生丸を殺して。俺も死んで。いっそ一緒に心中でもしようかと。
 けど。俺は殺生丸をこの手で殺めることなど出来ない。かといって自分の命を絶つ勇気もない。
 半端者だ。俺は。
 こんな時、つくづく俺には人間の血が流れているのだと思い知る。

「・・・殺生丸。」

俺は鉄砕牙を横に置くと、その頬に手を添えキスをした。
 殺生丸は驚き、理解出来ないような顔で俺を見返した。

「なあ・・・、・・・命をくれるなら、お前を俺にくれ。」

殺生丸は目を見開いて俺を見た。
 

  6P
    ← back   next →  






小説目次に戻る