俺は浅はかだったのかもしれない。
昨夜の一件で、すっかり奴に甘えていた。淡い期待を抱いてしまっていたんだと思う。
この期を上手くすれば、殺生丸との関係が修復されるかもしれない。と。
自己の勝手で距離を縮める事に急いて、相手は相手のままであることを無視していた。
結果、このザマだ。
惨めといったらない。
・・・この兄には、届かない。
自分がどれだけ想おうと。
このままでは一生触れることも叶わない。
どうすればいい。
・・・・・・そもそもトドメを促すような事を言っていた。
それは俺になら殺されてもいいってことか。
自分は俺を殺さないクセに。
俺は笑いがこみ上げてきた。
実際に薄っすらと笑みをこぼしていたかもしれない。
俺は、息を整えている殺生丸に近付くと、綺麗な白銀髪を鷲掴みにしてグイと引っ張り、顔をこちらに向けさせた。
着物の脇を押さえている殺生丸の右手は血で染まっている。
それでも、一点の曇りも陰りもない澄んだ瞳で俺を見据えてくる。
温度のない冷たい眼。
この眼を知っている。何度も闘いの中で目にしている。敵に対する眼だ。
「なぁ・・・お前、俺に ”トドメを刺さないのは愚かだ
”っつってたよな。」
「・・・それがどうした。」
何の動揺もない声。
「俺が今殺しちまっても、かまわねぇってことだな?」
「・・・何故、私に訊く。・・・無駄口を叩くよりその鉄砕牙で貫いたらどうだ?私とて心臓を貫かれれば生命は絶たれる。首を飛ばしても同じことだ。」
少しの迷いもない声。・・・何故こうも自分の命に頓着せずにいられるのだろう。もとより、この気性では、人間のような命乞いとは無縁なのだろうが。
「・・・じゃあ好きにさせてもらうぜ。覚悟しな。」
俺は鉄砕牙をかまえた。
殺生丸は、目を閉じた。・・・気の乱れは感じない。本当に大した奴だ。こいつは確かに大妖怪なのだ。
俺は鉄砕牙で殺生丸を刺した。
「・・・ッ!!・・・っ・・・」
「・・・・・・」
俺は・・・殺生丸の右腕を刺したのだ。
痛みを堪えて・・・というより、怒りを露にして、か。殺生丸は俺を鋭く睨み付けた。
「貴様・・・っ!!」
「・・・・・・」
俺は自分でも不思議なくらいに冷静だった。
「・・・ッ・・・何のつもりだ・・・!」
「・・・何のつもり?」
俺は殺生丸の右腕に刺したままの剣を更に深く押し入れた。
「!!ッく・・・っ」
美しい顔が苦痛に歪む。
貫いた切っ先から血が滴り落ちた。
「・・・どうせならじっくり嬲ってから殺してやるよ」
「・・・貴様・・・ッ」
殺生丸は俺の目に狂気を見ただろう。
自分でも分かる。抑えきれない欲望がもうすぐそこに来ていることに。
俺は剣を腕から引き抜いた。
「アアッ!!・・・ッ」
右腕からはドクドクと血が溢れはじめた。次から次へと袖口へ伝い、指先から床へ広がっていく。
俺はもちろん殺生丸を殺す気などない。
ただ、暴れないようにするにはこれしか方法が思いつかなかっただけだ。
「痛いだろうな・・・。でもそれが生きてるって証だ。」
「何を・・・」
俺だって本当は一瞬迷ったさ。
殺生丸を殺して。俺も死んで。いっそ一緒に心中でもしようかと。
けど。俺は殺生丸をこの手で殺めることなど出来ない。かといって自分の命を絶つ勇気もない。
半端者だ。俺は。
こんな時、つくづく俺には人間の血が流れているのだと思い知る。
「・・・殺生丸。」
俺は鉄砕牙を横に置くと、その頬に手を添えキスをした。
殺生丸は驚き、理解出来ないような顔で俺を見返した。
「なあ・・・、・・・命をくれるなら、お前を俺にくれ。」
殺生丸は目を見開いて俺を見た。
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