「・・・俺は、お前が欲しい。今すぐ。」
その意味が、おそらく色恋沙汰には無縁であろう殺生丸にも分かったらしく、大怪我を負ったその右腕で毒爪を振りかざしてきた。
だが、俺はなんなく避けた。
多量の出血のせいで、意識が朦朧としているのだろう。
その腕を掴んでみて分かった。
ほら、こんなだ。まるで力が入っていない。
俺は、右腕を掴んだまま床に押し倒した。
殺生丸は有らん限りの力で抵抗し、逃れようともがいている。
今にも獣に変化しそうな勢いだが、それをしないのはそれが出来ないからだろう。今の身体では。
「・・・頼むから暴れるな。これ以上傷を負わせたくない。」
殺生丸は聞こえていないのか、呼吸が乱れ荒く苦しげな息遣いのまま、なおももがいている。
これだけの深手を負っていれば、容易い事だと思ったが、組み敷くのもどうやら命懸けだ。
でも仕方ない。相手は大妖怪で、まして男なのだ。如何に不利な状況に陥っても、易々とは屈服などし
ない。
もう意地の張り合いだった。
抵抗すれば俺は殴った。
刀や鎧は先になんとか外したから、着物は乱闘でいやがおうなしに着崩れていく。
押さえ付け、朱線の浮かぶ頬から耳元へと舐めたら、奴は俺の首に噛み付いた。
これでは愛撫もままならない。
相手は手負いの猛獣だ。
俺は腹に一発入れた。奴は呻いたが、その瞳は鋭く光って衰えを見せない。
顔や腹に痣が増えていく。
床には血の模様が出来ていく。
ほとんどは、殺生丸の血だ。
俺がさっき刺した腕の傷はもちろん、着物から覗く裂傷は相当深いと伺い知れた。
乱れた着物の脇は、また真新しい血で染まりはじめている。
死ぬまで抗う気なのか。
このままでは本当に殺してしまう。
もともと俺は、傷の手当がしたかっただけだ。
なのにどうしてこんな時まで、闘わなきゃならない。
これでは、常であったように憎み合って刀を交えていたほうがまだマシだ。
否、俺が勝手な願望を抱いたばかりに招いた結果が、この有り様だ・・・。
殺生丸は俺に押さえ込まれたまま、血だらけの形相で威嚇してくる。
・・・どうする?
・・・どうすればいい。
傷を負っている相手をいたぶるような趣味はない。
暴力で有無を言わさず強いるつもりなど毛頭なかった。
もとより、想いを成就させる気もなかった。
ただ、近くに在れたらいいと・・・。
だが――――――・・・この鮮血の匂いと芳しい肌の香りに誘われ、狂気に酔った俺はもう己で己を止めることが出来ない。
欲して止まなかった相手が、今ここに在る。
どんなに尽くしても・・・どれほど心の中だけで想っていても・・・伝わらないなら無意味だ。
拒絶するなら。否定するなら。根底から覆して・・・壊してしまえばいい。
どうせもう引き返す事など出来ない。
こんな現状で後戻りなど、もはや不可能だ――――――・・・
一度火がつき燃え上がった炎は全てを焼き尽くすまで止まらない。
俺は殺生丸の手首を掴み、床に押し付け馬乗りになった姿勢のままでいた。
俺は浮かせていた腰を落とし、全体重をかけて殺生丸の上に圧し掛かった。
「ウッ!!・・・ッ」
殺生丸が痛みに呻いた。傷に障ったのだろう。
だが構わずに俺は、藍色の三日月が浮かぶ殺生丸の額に口付け、舐めた。
ほどなく、肩口に激痛が走った。
・・・殺生丸がその鋭い牙で俺に噛み付いたのだろう。確認しなくたって分かっている。
わざとそう仕向けたんだから。
愛撫をしようものなら、隙あらば噛み付いてくる。爪を振ってくる。
ここまでに再三、今まで繰り返してきた事だ。
「・・・痛いけど我慢しろ。」
噛み付かれたまま、俺はその耳元に囁いた。
そして、そのままの体勢で殺生丸の手首を掴んでいる手に力を込めた。
鈍い音と、折れた感触。
殺生丸はあまりのことに一瞬、声も出せなかったようだ。
痛みに乱れる呼吸を聴きながら、俺は更にそのまま手首を掴んでいる手を上へと滑らせ、殺生丸の指に自分の指を絡ませた。
そして、力を入れ握り込んだ。
バキッと音がした。
「!!ッ・・・あっ・・・あ・・・ッ」
俺は攻撃を繰り出せないよう、右腕を破壊した。
左腕のない奴にとっては右腕だけが抗う為の全てだ。
――――――・・・だってしょうがないだろう?
・・・他にどんな方法があったっていうんだ。
殺生丸に圧し掛けていた体を僅かに浮かせ、俺は殺生丸を見下ろした。
その瞳はどれだけ恐怖に怯え、わなないていることだろうと思った。
だが、痛みに悶えながら俺を見据えた金色の眼は、相変わらずに澄んだ眼光を放っていた。
何故だ?・・・もう俺を撥ね退ける術は何一つお前にはないのに。
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