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  烈火の如く 〜光芒〜






 時刻は明け方。
 俺は、山中奥深くにある川の清流に身を委ね、ぼうっとしている。
 夜の闇を支配していた月の光は消え、黎明の空にはもうすぐ東から日が昇るだろう。

 この川は、あの小屋からさほど離れていない。 

残酷な傷痕を残したあの小屋・・・

 

 俺は、あの後しばらく放心していた。
 倒れている殺生丸から距離を取り、離れた位置で膝を抱えしゃがみ込んでいた。
 だが、ふと小屋の隅に置いた薬草が目に入り、俺はその包みを持った。
 けれど、なおもじっと動けずにいた。
 前には目を逸らしたくなるくらい傷付いた身体がある。

 ・・・俺が傷付けた身体。

 怖かった。
 ある種の恐怖だった。
 痛ましい姿を間近で見るのが。・・・だってそれは、俺がした事。
 己の内の惨虐性を現しているようで。

乱れたままの髪。
 どの箇所からともつかぬ血に塗れ・・・全身に色付く、殴打と・・・激しい求愛の痕。
 その瞳は閉じられ、紋様の浮かぶ美しい面は力なく傾いたままだ。
 まるで、死んでいるように。

・・・ ――――――・・・・・・まさか。

 俺は、頭が真っ白になった。

まるで脈打つ音が聞こえそうな程に、鼓動が速くなる。

でも今更。
 オドロクヨウナコトカ?
 だって俺は、死んでもおかしくないような事をした。
 重傷を負った身を、更に嬲り、犯し・・・自分だけが一方的に昇りつめて・・・何度も。
 だけど・・・そんなバカな。
 ・・・嘘だ。
 ・・・嫌だ!!
 駄目だ、失うなんて――――・・・!!

俺は、足が縺れ、転ぶようにして殺生丸に駆け寄った。

冷たい。
 触れた頬には、少しの体温も感じない。
 俺は、殺生丸を抱き込んだ。
 ボロボロの身体。
 俺が、・・・俺が・・・っ!!

殺シタ――――――――

そう思った時、接している肌から、トク ・・・という音が伝わった。
 胸に耳を当てると、確かに心臓の音が微弱だが聴こえる。

生きている。

俺は、その口元に付いた血を指でそっと拭い、震えながら優しく深く唇を重ねた。

俺はこの時ばかりは、神に心の底から感謝した。
 後から後から頬を濡らす雫をそのままに、殺生丸を強く抱き締めた・・・

 

幾分そのままでいたが、俺は殺生丸をゆっくりと横たえ、もう一度軽く口付けをすると、引き剥いだ殺生丸の着物ではなく俺の赤の水干をその身にかけてやった。
 そして表へ出て、治癒に効果のある樹液の出る木を探した。
 幸運にも、小屋のすぐ裏手にその木はあった。俺は切った枝を持ち帰り、樹液を磨り潰した薬草と一緒に混ぜ、殺生丸の傷口に塗った。
 どこからか微かに水の音とにおいがしていたので、本当はすぐにでもその泉か何かで身を清めてやりたかったが、何しろ夜は危険だ。何処とも知れない水辺を血のにおいをさせながらフラつく訳にはいかなかった。今だって、天生牙の結界の護りの働きと鉄砕牙の妖怪を退ける何かしらの妖力が働いて、他の邪悪な者たちに襲われずに済んでいるだけかもしれない。
 こんな真夜中に怪我人を連れて危険を冒すより、今はここでひっそりと休息を取ったほうがいい。
 それに、今これ以上殺生丸の傷に障るような負担は、もう一切かけたくない。

  

俺は鉄砕牙を握り、殺生丸の真横に胡座を組んで静かにその姿を見守った。
 痛みに苦しむ様子はない。
 ・・・こうしてその顔を眺めていると、ふいに懐かしさすら覚える。
 郷愁の念にかられるのは何故だろう。
 幼い頃はほとんど面識など無いのに。・・・というより俺は兄に避けられていたように思う。
 ・・・もしも生い立ちがもっと違っていたら・・・
 二人の関係も違っていたのだろうか?
 憎み合わずに在れただろうか。

 

静寂 ―――――――・・・・・・

  

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