光芒    2P




 

夜明けの気配がする。
 森のどこかで息を潜めていた鳥や小さな動物たちの声がする。

今度は一睡もしていないが、苦ではない。俺は、殺生丸をそっと抱き抱えた。
 見た目よりも随分と華奢で、遥かに軽い身体。目を覚ます様子はない。・・・昏睡状態なのか・・・眠りが深い。あれだけの負担を身体に強いたのだから無理もない。
 普段はどのようにして傷を癒しているのだろう。そもそも傷を負うことなどないのか。

・・・交合は初めてだったのだろうか。
 少なくとも俺にはその相手が殺生丸だ。もとより今まで、これほど想い焦がれ、情欲を募らせた相手は今腕の中で眠るこいつ以外いない。
 こいつには想いを寄せる相手はいるのだろうか。風の噂にも、大事にしているような姫がいる話は今まで聞いた事がない。
 だが、初めてのような感じもしなかった。・・・同性としての直感だ。貞操を大事に守るような奴でもないだろう。かといって不純な異性交遊をするようにも思えないが。・・・一夜の相手でもいたんだろうか。

 

そんな事を考えている内に、川が見えて来た。
 山中の小屋から更に上へ登り、少しだけ山林が開けた所にその川はあった。
 まだ霧が薄く残るそこは、空気も澄みきっていて全てが清らかな感じがした。
 
 ・・・ここならば、良い。清浄な場所には癒しの力がある。
 横抱きに抱えたまま、殺生丸の身体をゆっくりと水に浸した。
 水面に浮かぶ殺生丸の長い髪が、緩やかな川の流れに浚われて儚さを誘っているように感じた。
 それでも、どんなに傷付けようと・・・どれほど陵辱しようと。少しもその美しさは損なわれていない。
 何者にも侵されない心。揺るぎ無き高潔。汚れなき孤高の自尊心。誰もその内には入り込めない。
 綺麗だ・・・。

ただ、清めた身体には余計に殴打や裂傷の痕が生々しく映り、俺は己を悔いた。

 

そうして俺は、今暫く無心に目を閉じた。

 

・・・どれ位経ったのか、ふいに閉じた瞼に陽の光を感じて、目を開けた。
 すっかり夜は明け、朝陽が射している。

殺生丸の様子は・・・やはり、未だ眠ったままだ・・・。
 だが、俺が刺した腕の傷は塞がってはいるようだ。折れた骨も後半日もすれば元通りに繋がるだろう。
 風の傷で負った裂傷も依然酷いが、塞がりかけている。
 再三の争いで悪化させなければ、当に今頃動ける程には回復していたのかもしれないが・・・。心身を引き裂く激烈な痛みと恥辱に耐えて・・・それがこの昏睡を引き起こしているのだろう。

愚かな行為の代償は俺自身が払わなければならない。

今こうして――――――・・・この身体に触れていられるのもあと僅かだ。

俺が決めた、俺のケジメ。
 俺の意思でもって俺は、・・・――――――・・・殺生丸に触れない。二度と。

だってそうだろう?
 殺生丸・・・

俺は殺生丸の肩を抱き、髪の中に手を入れその頭ごと引き寄せ・・・最後の口付けをした。
 甘くて切ない・・・唇の味。

 

川から上がり、ここへ来る道中で見つけた洞窟に身を寄せた。
 中は意外に広いがそれ程深くはなく、奥の方まで陽の光が届いている。
 俺は、殺生丸を洞窟の奥に横たえさせ、濡れた頬をそっと撫でた。
 そして薬草を塗った布を傷のある箇所に充てがい、その身体の上に軽く着物を掛けてやり、天生牙を添
えた。

意識は、きっと時期、戻るだろう。
 殺生丸の意識が戻る前に俺は姿を消さなければいけない。
 ・・・否、動けるようになるまでは守る。だが、傍には寄らない。

殺生丸に殺されるのが怖い訳ではない。

殺し合いになったところで、殺生丸は俺を殺しきれず苦しむのだろう。・・・俺という存在に。俺との血の繋がりに。

ただ、事実は消えることは無い。
 この現実はしがらみとなって・・・互いを苦しめるのだろう。

次に対峙するような事があった時、奴はどんな眼で俺を見るのか―――――・・・

 

俺は、洞窟を出た。
 ・・・離れる訳ではない。意識が戻り動けるようになるまでの間だけだ。
 その間だけは俺が守る。

いいよな?・・・もう触れない。顔も見せない。
 ただ、傍に在る事を赦してくれ。

 

 

洞窟の入口脇の草地に胡座を掻いて座り、幾日かが過ぎた。

殺生丸はおそらく意識を取り戻している。
 目が覚めた時に何を思ったのか・・・手当てされた傷を見て何を感じたのか・・・距離を保ったまま近付かない、だが去る事のない俺の気配に何を・・・・・・

今、何を考えているのかは解らない。

お互いの気配は分かっているが、あえてそれを意識せずにいる。

でも、それでいい。
 せめてその傷が癒えるまで、傍に居れれば・・・

 

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