烈火    2P




 


 殺生丸・・・

 完全に諦めたか。
 頚動脈まで犬夜叉の牙が達すれば、いかに妖怪といえど今の殺生丸には致命傷。
 犬夜叉はもはや狂った化け物だ。
 もう止まらないだろう。
 ・・・フ・・・殺生丸。これが貴様の成れの果て。
 闘牙よ・・・もうすぐこの復讐の宴は終焉を迎える。
 全てはこの死神鬼のシナリオ通りに。


 だが、この時死神鬼は愉悦と共に妬みにも似た、言い様のない激しい憎悪も感じていた。


 犬夜叉と殺生丸。
 二人重なった姿。

 一瞬、遠い日の記憶が脳裏をよぎった。


 完璧な策だと思ったがな・・・
 結局・・・何を仕掛けても“二人”に戻る。

・・・・・・犬夜叉に殺されるのなら本望というワケか。
 わしの手管に染まり崩れたくせに。
 最期にその眼に映すのは犬夜叉か―――――――――・・・!!


 死神鬼は、半ば無意識に備えていた短剣に手を掛けた。
 だが、その時。犬夜叉は殺生丸の首筋から顔を離した。

こそばゆい感触。
 耳を濡らす何かに、犬夜叉は唸りながら顔を左右に振る。
 そしてもう一度噛み付こうと鋭い眼光を向け殺生丸の顔を見た時、犬夜叉は眼を見開き静止した。

 殺生丸の頬を伝うモノ。

 ただの狂犬と化した弟には、今目の前に居るのが何者かなど判っていない。あれほど追い求め愛した兄は今や犬夜叉にとって“至上の餌“でしかないのだ。
 それなのに、犬夜叉は静止したまま動けなかった。

 理屈じゃない。
 奥深い何処かで。
 失くしたものが呼び起こされる。

 犬夜叉はこの兄の涙を見た事があっただろうか。

 沸き立っていた体中の血液がゆっくり治まっていく。支配していた残虐な欲求が消えていく。

 “コレ”ヲ知ッテル。

 胸を締め付けられるような・・・激しい悲しみ・怒り・・・自分のしでかした愚かな行為が故に相手を殺しかけたあの日の深い後悔・・・そして安堵。
 これまでに幾度流したかしれない。
 愛しい記憶の断片がパズルのように繋がっていく。
 一瞬でもこの姿を、・・・この兄を。忘れるなんて。

 犬夜叉の眼は真っ赤な血色ではなく、兄弟の証である澄んだ黄金色に戻っていった。
 犬夜叉はまるで初めて呼ぶように小さな声でその名を口にした。

「殺生丸・・・」

 犬夜叉に両肩を摑まれたまま、ぐったりと目を閉じている兄。

「・・・殺生丸・・・」

 震える声でもう一度呼んだ時、その面は僅かに上向き、長い睫の隙間から金色の光が見えた。
 同じ色の眼と眼が合う。

「・・・犬夜叉・・・」

 兄の声。自分を呼ぶ声。
 どれくらいぶりに聴いただだろう。

「・・・やっと・・・・・・やっと、逢えた・・・!!」

 犬夜叉は力のままに殺生丸を強く抱いた。
 触れ合う肌の感触。におい。
 ずっと、求めていた。

 少し体を離し、互いの姿を見る。
 兄に至ってはとくに無惨だ。酷い虐待と凌辱を受けた生々しい痕跡の残る身体。加えて犬夜叉の牙を受け、仕立ての良い白かった上物の襦袢は見る影もない。
 そして弟も。妖怪化した身で、あの檻に体当たりを繰り返し暴れていたのだ。妖怪本来の己の力で破れもしない鉄格子に体当たりなど繰り返せば、それはそのまま自身の身に返ってくる事になる。凄い衝撃だった事が今の犬夜叉の痣だらけの全身にも見て取れる。
 互いにボロボロだ。

 それでも辿り着いた。

「殺生丸・・・」
「・・・・・・」

 よく知った弟の姿。
 殺生丸は無言でただ、犬夜叉の目尻を拭った。

「・・・泣いてねえよ。まだ。」

 犬夜叉はぶっきらぼうに殺生丸の手を軽く払い退け、自分の指先で兄の頬を拭った。


 一方、その様子を見ていた死神鬼は、恐ろしいまでに妖気を膨らませ、その妖力が目に見えそうな程揺らめき立たせていた。
 弱小な小妖怪などはその妖気に触れただけで消滅してしまうだろう。

「・・・犬夜叉・・・・・・ッ!!」

 死神鬼はギリと唇を噛み、激しい憎悪を露にした鋭い眼で二人を射殺さんばかりに睨みつけた。


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