烈火    10P




 

 夜目の利く犬夜叉は途中目に入った断崖に咲いている花を採りたいと、そちらへ向かった。こんな晩秋に綺麗な花なんて諦めていたが、折角ならりんの墓に添えてやりたいと思ったのだ。

 弥勒は小さな灯篭を持って一人歩を進めていた。
 村から程近い山へと繋がる茂みを分け入ると、荒地が現れ、幾分整備された土地の中央に幾つかの墓石が建っている。
 その中にりんの墓がある。
 そして、その前には遠目にも分かる、白銀の姿。

 殺生丸はあの時と同じにやはりりんの墓前に跪いていた。
 まるで置物のように静止したまま動かない。
 自分が近付いた事に、全く気付いていない。弥勒は墓が建ち並ぶ薄暗い荒地に跪いたまま動かない妖怪と辺りの不気味な静けさに、少しだけ恐怖を感じた。
 殺生丸の表情は長い髪に隠れて伺い知れない。

 瞑想でもしているのか。
 それとも、まさかどこか具合でも悪いのか。

 とにかくこの妙な静けさを打ち破りたい。
 そう思い、弥勒がその肩に触れようとしたその時。
 殺生丸はバッと振り向いた。

 ガシャンッ

 弥勒は持っていた灯篭を取り落とした。
 一瞬、ビクリと体が硬直したのだ。

 闇に光る金色の眼。
 殺される。そう思った。

 そして後悔した。迂闊に妖怪の背後に立った事を。初めて殺生丸を怖いと思った。恐ろしいと思った。
 殺気そのものの鋭い二つの金の光と眼が合った瞬間に自分は両断される。一瞬にしてそれを覚悟した。

 だが、殺生丸の鋭い爪が弥勒を襲うことはなかった。

「・・・・・・貴様・・・」

 低く澄んだ殺生丸の声。
 “弥勒”に気付いた殺生丸からは殺気が消え、無表情に弥勒を見つめている。

「・・・あっ・・・、す、すみません、驚かせてしまいましたね。イヤ、あまりにも貴方が動かないので、ちょっと軽く肩を叩くつもりだったんですが・・・」

 内心、弥勒は驚いたのはこちらだが、と思いながらおどけた調子で言って見せた。


「・・・・・・犬夜叉は。」
「・・・犬夜叉ならすぐに来ます。今ちょと寄り道してるんです。りんの墓前に花を添えたいからと・・・」
「・・・そうか・・・」

 いつもの静かな口調。落ち着いた殺生丸の様子に、やっと弥勒もホッと胸を撫で下ろした。
 だが、やはり殺生丸は群を抜いた大妖怪。その事を弥勒は改めて再認識したのだった。

 そして程なくして犬夜叉はやってきた。

「弥勒!」
「犬夜叉。」
「・・・あれ、コレどうしたんだよ。」

 犬夜叉は地に落ち壊れた灯篭を見、少し訝しんだ。
 そこで弥勒は、持ち前のお調子者ぶりを発揮し、へらへらと笑いながら言った。
 殺生丸と悶着でもあったのでは、と疑われては堪らないからだ。悶着などあるはずもないし、あったが最後自分は殺されているが。
 不要な心配をさせぬ為にもあえて言った。


「ああ、手元が狂って取り落としたんです。何せ薄暗いもんですから・・・」
「そっか。」
「・・・まさか私が本当に兄上殿にナニかしたとでも?」
「・・・んなこたあ、思ってねえよ。」

 犬夜叉は呆れたようにぶっきらぼうに言い、弥勒を少し睨み、横を通り過ぎた。
 殺生丸の前で、今その冗談は洒落にならない。

 そしてスッと屈むと、墓前に摘んできた花を添えた。この季節には似合わない、淡い黄色の可愛らしい花だった。

「・・・殺生丸・・・待たせちまったな。」
「・・・・・・」

 暫く兄弟は墓石を見つめていた。
 弥勒は黙ってその様子を見守った。

「・・・・・・そろそろ、行くか。」

 そう言い、犬夜叉は殺生丸の腰に緩く手を添えた。

「!・・・・・・」

 まただ。
 やはり弥勒は、二人の様子に違和感を覚えた。二人で居る事への違和感ではない。
 犬夜叉の気遣い。
 そしてそれを拒まない殺生丸にだ。
 “仲が良くなった”訳では、決してない。
 他人が入り込めない重大な事柄が二人に起きた。弥勒の直感だ。
 それを抱えてるが故の、いつまでとも知れぬ二人だけの旅・・・

「弥勒、じゃあ俺達そろそろ・・・」
「・・・寂しくなるな。」
「・・・・・・楓ばばあや珊瑚たち・・・他の皆にも宜しく言っといてくれ。」
「ああ。」

 殺生丸が先にふわりと宙へ浮かぶ。
 犬夜叉も、すぐに近くの木へと身軽に飛び移った。

「・・・犬夜叉・・・ッ・・・いつか・・・いつか、また戻って来いよ!!」

 弥勒の呼び掛けに犬夜叉は振り向き、やんちゃな笑顔でニッと笑った。

 殺生丸に添うように、全速力で木々を駆けていく。
 二人の姿はあっという間に見えなくなった。

 一人残された弥勒は、壊れた灯篭を拾い上げ、家路へと歩き始めた。
 だが、道中ふと過ぎるのは殺生丸のあの眼。
 あの時の殺気は、自分が不用意に妖怪である殺生丸の背後に立ち、肩に触れようなどとしたから?

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