烈火    11P




 

 否、違う。あれは――――――

 怯えを含んだ殺意。極端に他人に触れられることを恐れた――――――・・・
 そう、犬夜叉以外は。

 ・・・きっとまだまだ時間は掛かるだろう。
 殺生丸の奥に根深く刻まれた傷を癒すには。殺生丸を救えるのは犬夜叉しかいない。

 弥勒は空を見上げた。
 流れる雲が月を隠す。合間覗く二つの星に兄弟を重ねた。二人の行く先に、幸いあれと祈る。
 そして願わくばもう一度二人に会えるように―――――・・・

 冷たい夜風に、弥勒は家路を急いだ。









 時同じくして、山深い地で空を見上げる黒い影。
 その者は険峻な山の頂から、月を仰ぎ見ていた。
 麓には結界の張られた荘厳な屋敷があり、ひっそりとその主の帰りを待っている。
 残虐な傷痕を刻んだ屋敷。
 破壊された部屋。そこに転がるはずの死体は無い。血塗れた痕跡だけを残して。
 その血を含んだような赤を帯びた紫の眼が月夜を仰ぐ。
 風に吹かれ揺れる藤色の髪。
 人間には無い色素。
 死神鬼だ。

 死神鬼は生きていた。
 だが、死神鬼はあの時、確実に殺生丸の爆砕牙に心臓を貫かれ絶命したはず。
 では何故、死神鬼が生きているのか。

 死神鬼は命を繋がれ、生き返ったのだ。
 死者を甦らせる力を秘めし宝刀。それを唯一扱える膨大な妖力の持ち主、殺生丸の手によって。

 殺生丸は死神鬼を生かした。
 否、正確には殺生丸の意思ではない。刀が脈打ち、訴えたのだ。
 無論、殺生丸は躊躇った。何故、己を貶め虐待の限りを尽くした相手を、自分が生き返らせねばならぬのかと。
 犬夜叉も反対し激昂したのは言うまでもない。
 命を繋ぐ刀を自分に遺した父と、それを今日まで携えてしまった自分・・・怨みにも似た想いと複雑な情が混じり合い、葛藤し揺れた。
 だが、天生牙の訴えを殺生丸は無視出来なかった。
 だから、生かした。

 天生牙によって生かされた事。
 死神鬼は何を感じたのか。

 群雲に見え隠れする月を眺める死神鬼。
 その表情から何も読み取ることは出来ないが、凍て付いた永き闇は、もうその片眼からは消えているように見える。
 おそらくこの先、兄弟に何かを仕掛ける事はないだろう。

 だが、芽生える別の欲求。
 奥底の渇望。

 死神鬼は思う。

 愛が憎しみに変わるように、憎しみは愛にも似ている。
 愛と憎しみは表裏一体。
 切に相手の事だけを考え想う。

 殺生丸――――――――・・・お前が本気で欲しくなった。















 楓の村を離れ、山を行く二人。
 犬夜叉と殺生丸は、途中降り立った森林で一晩を過ごした。
 大木の下で、殺生丸は目を閉じ休む。その木の上には犬夜叉。
 そうして朝を迎えた。

 何日かは、その山に居た。
 殺生丸が他の山へ動かない限り、犬夜叉も動かない。

 犬夜叉は殺生丸の傍を片時も離れなかった。
 別にべったり寄り添っている訳ではない。
 ただ、出来るだけ姿を見られる位置に居る。離れても殺生丸の妖気を感じる範囲で行動した。

 数日を同じ山で過ごし、移動する。
 そうした日々が何日も続いた。

 何をしているわけじゃない。
 ただ、二人で居た。

 だが、犬夜叉は犬夜叉なりに苦しい想いを抱いていた。


 焦るつもりはない。
 だが、こんな日々を送る事が本当に殺生丸の為になっているのか。
 元々は自分が言い出した事。
 一緒に過ごそうと。離れるなと。

 元気になってほしいとかじゃない。当然だが、生まれ持った気質が違う。元々殺生丸は元気いっぱいなんて性格じゃない。
 そうじゃない。
 ただ・・・冷たくてもいい、元の殺生丸に・・・・・・

 そこまで思い、自嘲の笑みが零れ

 ・・・・・・俺は何を考えてる。
 ・・・ほんと馬鹿だな・・・

 元に戻れないから今があるんじゃないのか。
 元に戻す為に旅をしている訳じゃない。

 何かしたいとか、何が出来るとか、理屈じゃない。
 今、傍に居る。
 殺生丸が俺を遠ざけない限りずっと。一生だって傍に居る。

 

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