烈火    9P




 

 犬夜叉に背を向けた殺生丸は何処かへとゆっくり歩いて行った。
 犬夜叉は暫くその様子を見ていたが、先程の殺生丸の言葉で、殺生丸が何処へ向かったのかは分かって
いた。

 間違いない。
 殺生丸の向かった方向。楓の村から程近い場所にそれはある。
 りんの墓だ。

 雪の舞うあの日・・・りんの墓前で殺生丸と別れた・・・
 あの時、繋ぎ止めておけばこんな事には―――――――・・・

 強い悔恨の念に幾度も苛まれる。
 感情が爆発しそうになる。

 犬夜叉はハッと我に返り、深く息を吐き、感情を沈めた。

 大丈夫だ。今度は離れない。殺生丸の妖気がもしも離れたらすぐに追う。
 犬夜叉は自分にそう言い聞かせ、家の中へと入った。
 それに、今の殺生丸の様子から、自分と離れようとする気が無いことを犬夜叉は察していた。


 犬夜叉は、暫し皆との談話を楽しんだ。
 だが、やはり殺生丸を追って旅に出ていた頃の話になる。するとやはりこれまでの経緯を話さねばなら
ない。

 しかし、全てを語る訳にはいかず、犬夜叉は要所要所で言葉を濁しすり替えた。
 死神鬼の事。思い出す度に震えるような怒りが全身を駆け巡る。
 犬夜叉は怒りを抑え、はぐらかすようにぎこちない笑顔でそれを語った。
 “死神鬼は生きていて、殺生丸にずっと付き纏い対立し、自分もそれに加勢していた“と。だが、結果的には打ちのめしてやったのだと。
 嘘の筋書きを並べて、長い月日の経過をごまかした。
 あながち全くの嘘でもなかったが、本当の事など殺生丸の気性を思えば言えない。
 聴くにも耐え難い、まして背負うには重過ぎる真実。
 第一、言ったところでどうにもなりはしない。言って起きた現実を取り消せるならば、どんなに良いか。


「えっ・・・犬夜叉、また何処か行くのか。」

 珊瑚から動揺の声が上がる。

「ああ。暫くあいつと一緒に居る。」
「暫くって・・・せっかく戻って来たのに。」
「悪いな・・・」
「・・・だけど、何処へ行くつもりなんだい?何か宛でもあるのか。」
「宛なんかねえ。・・・ただ・・・俺は殺生丸の傍に居る。」
「だったら、此処で二人で過ごせばいいじゃないか。村の連中だってもう殺生丸のことは・・・」
「珊瑚。・・・そうは言っても、難しいのだろう。私達は良くても、殺生丸は犬夜叉と違い純血の妖怪。居心地が良いとは思えぬ。それにあの兄上の気性を考えてみろ。」

 寂しさから、犬夜叉を責めるように引き留めようとする珊瑚を、弥勒は優しく説いた。

「・・・っだって、法師様、せっかく帰って来たのに・・・!」
「・・・珊瑚・・・寂しいのは皆同じ。でも、犬夜叉が決めた事だ。」
「でも・・・ちび達だって懐いてるのに・・・あんなに喜んでたのに・・・」
「・・・悪イな・・・」

 犬夜叉も寂しそうに笑った。
 犬夜叉が余程の想いで兄を追い、連れ帰った事を弥勒は察していた。
 もし、たった一人を選んで皆と会えなくなったとしても、犬夜叉は迷わず兄を選ぶだろう。自分が珊瑚を選ぶように。
 その選択を曲げる事は誰にも出来ない。
 弥勒は目を伏せ、微笑した。

「・・・・・・それで犬夜叉、お前これからどうするつもりなんだ。宛も無いと言っていたが・・・」
「・・・分からねえ。・・・でも、もう今夜には此処を発つ。」

 犬夜叉の言う“此処“とは、この辺り一帯のことだろう。多分、何処か遠くへ行くつもりなのだと弥勒は察した。

「・・・そうか・・・」
「・・・・・・色々あってよ・・・暫くは殺生丸と二人きりでいたいんだ。俺は殺生丸の傍に付いてる。・・・多分放浪して・・・人間が立ち入れないような山奥を転々とする事になると思う。だから、いつ戻るとか・・・約束は出来ねえ。」
「・・・・・・分かった。」

 黙って聞いていた珊瑚は啜り泣いた。犬夜叉はそんな珊瑚の両肩にポンッと軽く自分の両手を乗せ笑っ
た。


「珊瑚、俺ら死にに行くわけじゃねえんだぞ。・・・生きてりゃまた会えっから!」
「犬夜叉・・・」
「・・・そういえば、兄上殿は今、何処に?」
「ん、ああ・・・りんの墓だ。そこに居るはずだ。」
「では、私も行って良いですか?・・・殺生丸にもう一度会っておきたい。」
「・・・ああ、別にかまわねえぜ。けど、なんで・・・」
「イヤ、何、あれ程の別嬪・・・中々お目に掛かれないですからナ。」
「・・・おめえなあ・・・」
「法師様〜〜ッ!!」

 バチーン!

 下心丸出しで冗談を言う亭主に、本日二度目の珊瑚の平手打ちが飛んだ。


 そうして、珊瑚や楓に別れを告げ、犬夜叉と弥勒はりんの墓へ向かった。
 そう、弥勒はちゃっかり本当に着いて来た。別に何の意図があった訳ではない。ただ、二人が心配だっ
た。

 勘の鋭い弥勒は、何となく犬夜叉の兄の様子が気掛かりだったのだ。常ならば、犬夜叉に人前であんな素振りはさせないはず。
 背に手を添えられるなど、憤慨極まりない所作だろう。
 それなのに見る限り、信じられない程半妖の弟に従順だった。
 殺生丸は本当に大丈夫なのか。

 何があったのか改めて追及するつもりなどない。
 ただ、安堵を得る目的で、今一度殺生丸に会っておきたかったのだ。


  9P
  ← back    next →  






小説目次に戻る