烈火    12P




 

 そして数ヶ月が過ぎた。

 白い季節。辺り一帯、雪景色だ。こんな時期に山奥で家も持たず過ごすなんて、もしも人間なら凍えてしまうような寒さ。

 降りしきる雪の中、二人は洞窟に居た。
 雪を気にしての事ではない。
 だが、この日は朝からずっと洞窟の中で過ごしていた。
 静寂に包まれて、時が止まっているかのよう。

 犬夜叉は、殺生丸を己の胸にもたれさせ、緩く抱いていた。
 これまでも時折こうした事はあり、ふとした時、犬夜叉はただ訳もなく殺生丸を抱き締めた。
 激しい愛しさを押し殺して。

 そう、本当は・・・犬夜叉の胸中は。


 犬夜叉も男。すぐ傍に愛しい者が居て欲情しない訳はない。
 殺生丸の芳しいにおい。髪、目、唇、肌・・・指先さえ。全てが情欲をそそる。

 自分を拒まない今なら、肉体関係を迫っても受け入れてもらえるのではないか。
 でも弱った相手の心理に漬け込むような真似はしたくない。
 出来ない。
 自分は兄が大事なのだ。

 ではこのまま自身の心まで偽って、ただ全てを気遣い優しく包むだけが愛情なのか。


 めまぐるしい葛藤の渦が犬夜叉の内を激しく掻き乱す。
 だが、それは殺生丸も同じであった。


 大人しく犬夜叉に従い、ずっと真綿のような温もりに包まれていた殺生丸。

 労わる弟の優しさに甘え続ける自分が酷く惨めで滑稽で嫌だった。
 犬夜叉の仲間の村へ行ったあの時・・・人間どもの自分を気遣うような目線が癇に障った。
 壊れ物を扱うような犬夜叉の優しさが、時々無性に自分を苛立たせた。

 これが、殺生丸のもう一つの本心。


 どうしようもない想いが身の内を焦がしてゆく。
 慟哭の炎を深く秘めた二つの魂。

 だから、殺生丸は無意識にこの山に来たのかもしれない。
 抑えきれぬ想いを犬夜叉に伝える為に。



 殺生丸は軽く身じろぎ、犬夜叉の腕をそっと解くと、静かに立ち上がった。
 それを見て犬夜叉もゆっくり立ち上がる。

「・・・行くのか。・・・でもこんな天気だ。今夜にはきっと吹雪になる。暫く移動は止めたほうがいい。」
「・・・・・・」

 殺生丸は返事を返さず、ゆっくり外へ歩き始めた。
 そして犬夜叉をチラと見る。
 無言の催促に、犬夜叉はほんの小さく溜め息を付いた。
 犬夜叉は別に移動が面倒臭くて言った訳じゃない。半妖である犬夜叉は人間の思考を強く持つ。温度に左右されないといっても、温度を感じない訳ではない。殺生丸の身体が心配だったのだ。

 洞窟を出るとやはり、一面白銀の世界。
 こんな雪の山奥を散策するなんて自分達位だろう。

「・・・しょうがねえなあ。」

 犬夜叉は苦笑し、雪道を行く兄を追う。
 どうやら他の山へ移動する訳ではないようだ。
 でもこんな雪の中何処へ行くつもりなのか。殺生丸の行動はいつも気ままだ。食事をしている風もない。
 殺生丸は純血の大妖怪。大木の下を好むことから、清浄な場所で休むこと自体が心身の糧となっているのだろうと、犬夜叉は憶測していた。

 積雪の山道をなんなく歩いて行く殺生丸。
 雪に溶け込む白い姿がそのまま消えてしまいそうで。
 犬夜叉は咳き上げる想いを抑えて、兄の背を見つめながら歩いた。


 洞窟を出てそれ程経たぬうちにその場所に着いた。
 川だ。降りしきる雪のせいで、犬夜叉は水の音とにおいを感じ取れなかったが、殺生丸はこの川を目指していたのだった。

 川の流れは緩やかだが凍ってはおらず、とても澄んでいた。
 空気も他より清浄さを感じる。

 しかし、まさかこんな雪の日まで沐浴とは。
 でも止めはしない。心配ではあるが、やはり妖怪の身。身体を壊したり、まして風邪を引くことなどないからだ。

 鎧を外し、帯を解き上の着物を脱ぐ兄。
 その様子を傍観していた犬夜叉は、何となく既視感を覚えた。
 妙な感覚。こんな場所に来た事など・・・

 犬夜叉は辺りを見回した。
 どこか見覚えある山。山林に囲まれた川―――――――

「!!・・・」

 遠い過去が瞬間的に甦り、犬夜叉はハッとして眼を見開いた。

 そして兄を見た。

 すると、殺生丸もこちらを見ていた。


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