烈火    8P




 

「・・・あいつには、りんの為にも生きて幸せになってもらわなくちゃ困るんだ。それだけだよ!」
「プッ・・・」

 昔、元々は殺生丸を嫌っていただけに殺生丸を擁護するような言葉が恥ずかしく、顔を赤らめ他者を引き合いに出して取り繕う珊瑚の様子に弥勒は笑った。


「何がおかしいのさ。」
「・・・いえいえ。ただ、そのわりには、この寒いのにしょっちゅう引き戸を開けたり、犬夜叉や兄上殿の事を話題にするのはどこの誰でしたっけ、と思ってね。」
「!っ・・・法師様こそ、しょっちゅう遠くの山を見てたりするじゃないか。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 そこで二人は顔を見合わせ、笑った。

「・・・さてと、もう戸を閉めましょう。身体を冷やす。」
「法師様・・・」
「冷やすのは良くない。お前にはまだまだ子を産んでもらわねばなりませんからね。」
「っ法師様ったら・・・!」
「ところで珊瑚・・・“法師様”ってやめませんか?・・・祝言を挙げてもうどれくらい経つと思ってるんです。私はお前の夫なのですよ。」

 バチーン!

 尻を撫でながら言う弥勒に珊瑚の平手打ちが飛ぶ。

「・・・お前たち・・・仲睦まじいのは良いが、早く戸を閉めんか。赤子が風邪を引く。」

 奥から楓がやってきて、呆れた様子で二人に言った。
 いつもこうして楓の家での夜は更けていく。
 この日もそうして引き戸を閉めようとしていたところだった。

 ふわりと降り立つ影。
 懐かしい妖気。
 そしてもう一つのよく知った強い妖気。

 弥勒は引き掛けていた戸を、ガッと開けた。

「法師様、どうし・・・」

 言い掛けた珊瑚も、楓も、そして戸を掴んだままの弥勒も眼を見開いた。


「!!・・・ッ」

 そこには、犬夜叉が居た。


「・・・帰ってきたぜ・・・遅くなっちまったけどな。」

 犬夜叉はぶっきらぼうに言い、ニッと笑った。

「犬夜叉・・・!!」
「犬夜叉・・・あんた何処まで行ってたんだよ・・・っ!!」

 珊瑚は泣きそうだった。

「犬夜叉、殺生丸は・・・」

 弥勒が問うと、犬夜叉は後ろをクイッと親指で小さく合図した。
 皆が犬夜叉の後ろに目をやると、薄暗い夕闇の中に淡く発光しているような白銀の影。

 犬夜叉は振り向き、殺生丸にこちらに来るよう目で促した。
 ここでもやはり素直に殺生丸は動いた。
 だが、さすがに少し距離を取り、犬夜叉の斜め後ろ辺りで足を止めた。
 犬夜叉はそんな兄の背にそっと手を添え、軽く前へ誘導した。

 皆は随分久しぶりに、これ程近くで殺生丸の姿を見た。
 鎧を纏い、二振りの刀を腰に携えたその姿は凛としていて。それでいてどこか優雅で。
 白い着物によく映える頬の朱線。目元を飾る妖しい紫。額に浮かぶ藍色の三日月。風に揺れて流水の如く光る白銀髪。
 何もかもが秀でた美しさ。
 一見すると、最後に見た時と変わりはない。

 それよりも犬夜叉の行動のほうが皆には驚きだった。
 恥ずかしげもなく、殺生丸の背に添えられたままの犬夜叉の手。
 それを振り払う様子もない殺生丸。
 一体この兄弟に何があったのか。

 犬夜叉は堂々としていた。
 そして常に殺生丸を気に掛け、気遣っているのが見て取れる。

 だが、とにかく皆は二人揃った姿に心底安心した。
 珊瑚の上の双子たちが掛けて来て、犬夜叉に飛びつく。
 当たり前だが以前より背も伸び、大きく成長した子供たちに犬夜叉はタジタジだ。
 束の間、場は和み平穏な時間が戻った。

 楓は犬夜叉と殺生丸に中へ入るよう言ったが、殺生丸は目を伏せた。

「・・・悪イ、先入って待っててくれ。」

 犬夜叉は言い、楓たちは家の中へと戻った。



「・・・やっぱ、さすがに中までは入らねえよな。」

 犬夜叉は苦笑した。

「・・・お前は行け。」
「・・・・・・」
「・・・・・・“仲間”なのだろう。」
「ああ、・・・でも・・・」

 殺生丸が、“久しぶりに会ったのだから話もあるだろう”という意図で促してくれたのは感じたが、犬夜叉は落ち着かなかった。
 殺生丸を一人にさせたくなかった。離れたくなかったのだ。
 不安げに自分を見る犬夜叉に殺生丸は静かに言った。

「案ずるな。・・・私は何処にも行きはしない。」
「!・・・」
「・・・私にも寄りたい場所があるだけだ。」
「・・・・・・そうか。」

 殺生丸からの言葉に安堵した犬夜叉は少しだけ笑い、「離れんじゃねーぞ。」と言うと殺生丸を軽く抱き寄せ、体を離した。


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