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  烈火の如く 〜略奪〜





 季節は秋。

 犬夜叉は楓の村を出てから殺生丸のにおいをひたすらに探し続けていたが、未だ逢う事は叶っていない。
 追ってから半年以上の月日が流れ眩しい夏の香りも遠ざかり、肌に感じる風も風景ももうすっかり秋の気配を漂わせている。

と、いうのも―――――――・・・犬夜叉は、殺生丸に接触を避けられているからだ。

殺生丸のにおいに近付いては、遠ざかる。
 相手の方が嗅覚も勘の鋭さ、気配を察知する能力も格段に優れている。犬夜叉が近付いている事は犬夜叉が殺生丸のにおいを捕らえる前に、殺生丸の方が先に捕らえてしまうのだ。
 避けられれば、追いつく事など不可能。

このまま、会う事は叶わないのだろうか・・・
 犬夜叉は、そんな思いでいた。

 

殺生丸は確かに犬夜叉を避けていた。

 りんを亡くして暫く、犬夜叉のにおいで彼が自分を追って来ているらしい事に気付いた。
 だが、故意でもって避けていた。
 りんに関わった者と一切接したくなかったのだ。結局、辛くなるだけだから・・・
 
 同情など必要ない。りんはもうこの世に居ないのだ。

 もう二度と・・・この手で触れることは叶わぬのだ。

それに今、この状態で他者を受け入れる許容など持ち合わせていない―――――


 犬夜叉の気持ちを解っているからこそ、会いたくなかったのだ。
 自分に対する思いが、単なる思慕を越えた想いだと思い知らされたあの夜。

殺生丸は今でも冷静沈着で寡黙な男だが、感情に乏しい訳でも他人の心情が少しも読めない訳でもない。己の関心の向かない事には感知しない、というだけだ。
 犬夜叉がりんに対して抱いていたであろう思いも今日に至るまでずっと、彼なりに複雑な思いで見つめていた。
 ただ、考えないようにしていた。
 犬夜叉が自分にした事を赦した訳では決してない。・・・だが、この長い年月の中で父に対する歪めた思慕ももう自分なりに決着し、力への執着、半妖への固定観念も、今は無い。
 りんが己を変えた。弱き者であるはずの人間・りんの存在が、誰よりも何よりも己の心を揺らし、冷めた内に強く優しい灯を燈した。
 だからこそ、犬夜叉の事を扱い兼ね、心の片隅に追いやろうとしていた。

 

 
 ―――――― だが、今は少し違う。

 殺生丸はある日を境に、徐々に身体に変調をきたし始めていた。

妖力が減少していく・・・というよりは、意図的に・・・まるで何かの圧力が掛かったように、思うように妖力を発揮出来ないのだ。
 妖力を使う度に、体力の消耗が著しい。
 だが、病ではない。毒や菌は体内ですぐに浄化される。
 そもそも殺生丸の持つ毒爪を凌ぐ程の病原体はまず、無い。感染することは無い。
 怪我も負っていない。


 理由の分からぬまま、時は流れ・・・
 もう数ヶ月もその状態が続き、いよいよまずい。

天生牙が、ずっと騒いでいた。
 危機を主に知らせていたのだろうが・・・原因も解らぬのでは、さしもの殺生丸もどうもする事が出来なかった。

常なら一定を保ったまま変わらぬ体温が、低い。
 季節の変化になど左右されぬはずであるのに、これからの時期に身体の温度を維持出来ないのはまずい。
 殺生丸は純血なる大妖怪であり、強大な妖力を内に蓄え、闘いともなれば他を圧する爆発的な威力を発する。その分普段は最小限に熱を抑えた冷たい身体ではあるが、それは殺生丸にとって一番最良と言える、快適を保った温度なのだ。
 それが今は更に低い。
 晩秋の森林や山の気温は下がり、冷え込む。
 震えることこそないが、いかに妖怪の身であっても体温を保てぬ今、更に体調を悪化させないとは限らな
い。

危機的要素は、それだけではない。

自身から育ち生まれた爆砕牙は、本人の妖力があってこそその威力を発揮する。
 その力が無い今、刀を扱う事は出来ない。

殺生丸は丸腰も同然だ。

  

犬夜叉が近付くのを避けながら、最近ではもはやそれもやっとだ。

この時殺生丸は、闇の影が迫っている事に気付いていなかった。
 何故ならば、殺生丸の優れた嗅覚を持ってしても、においを察知する事は不可能・・・においを持たぬ者だからだ――――――

 

  

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 ここ最近、何故か穏やかでいられない。
 

・・・殺生丸が故意的に避けているのは分かっているし、もう慣れている。・・・けど、そうじゃねえ。
 心がざわついて・・・やたらに気が立つ。
 嫌な予感。
 本能的な危機を感じる。

・・・もうだいぶ会っていない。
 俺は早くこの胸騒ぎの元を掻き消したくて奴のにおいを捜した。

それに、気になる事がある。
 殺生丸に何か変化があったはずだ。妖気のにおいが変わった。

何かおかしい―――――・・・

  

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