犬夜叉から遠ざかるのにも体力の消耗が激しく、途中手近な山へと降り立った殺生丸は、息を整えていた。
が、その時、木々・・・風のにおいから不穏な空気を察し、何かの気配を感じた。
殺生丸は、身構えた。
突風が吹いた。
枯れ葉が舞い上がり、着物の袖で顔を覆った。
「・・・久しいな。殺生丸よ・・・」
その声は後ろから聞こえた。
殺生丸は驚き、振り向き掛けるが、相手はその隙も与えない。
「!!・・・ッツ・・・」
無音で間合いに入られた上に、妖力が弱っているとはいえ不覚にも背後を取られ、短剣で腹を刺されたの
だ。
「・・・ククク・・・」
背後から聞こえる不敵な笑い声の主の腕は殺生丸の前に回り、その手は腹を刺している短剣の柄を握り締めている。
「・・・っく・・・ッ」
逃れようにも、後ろから抱き付かれる形で腕もろとも羽交い絞めにされてしまっている。
しかも、相手の力は並ではない。
殺生丸は意識が遠くなるのを感じた。
刺されたからではない。痛みは感じても、これしきの傷で死には至らない。
ただ、力がどんどん失われていくように感じるのだ。
「・・・そろそろ頃合であろう。」
そう言うと、その何者かは短剣を殺生丸の腹から引き抜いた。
「ッ・・・っ!!」
鎧から血が伝い落ちる。・・・おそらく中の着物は深紅に染まっていることだろう。
殺生丸は既に立っているのもやっとだ。
だが、倒れ伏すなどプライドが許さない。何より、闘いの中でそれは死を意味する。
「・・・美しい。見てみよ、殺生丸。」
自らの身体から引き抜かれたはずの短剣は、赤黒く・・・水晶のような輝きを放ち、有るべきはずの血の雫が一滴も付いてはいなかった。
「・・・この刀は血を吸う事を糧としている。血に含まれる妖力を得て形成を保っていてな・・・。だがいくら弱った身体とはいえ、貴様の妖力を全て吸い尽くすなどこんな短剣では出来ぬからな。」
妖力の減少した(正確には、無理矢理抑止されたような状態である)今の身体の事を、何故この者が知っているのかも謎だが、それよりも屈辱的な言葉に、なおも己を拘束したままの腕を振り解こうと殺生丸は渾身の力で抗った。
相手の押さえ込む力は動じなかったが、ふっと力が緩まった。
「そんなに力んでは傷に障るぞ。」
言い終わる前に、殺生丸はガクッと膝を折り崩れ掛けた。
その身体を背後から支える。
そして口の端を僅かに吊り上げ、凍て付くような眼差しを向けながら言い放った。
「・・・そうだ、刃に毒を塗っておいたのでな・・・手足が痺れるであろう?腹の傷からすぐに全身に回る。・・・殺傷性の高い・・・我が一族寵愛の鳥、羽瑠紫の毒だ。」 ※羽瑠紫(うるし)・・・オリジナル設定の妖鳥
「・・・・・・ッ」
殺生丸は朦朧となる中、思い出していた。
遠い昔、殺生丸でさえ解毒出来ぬ、黒い妖獣がいると父が言っていた事を。
「・・・安心しろ、殺生丸。仕込んだ毒は致死量には値しない。・・・まだ、殺しはしない。・・・だが、貴様の命はわしの手中にある。クク・・・」
耳元で囁かれる屈辱の言葉。
殺生丸は残りの体力全てで振り向き、その相手の顔を見た。
「ッ!!貴様は・・・ッ!!・・・、・・・」
その顔を見て、完全なる敗北の予感が脳裏をよぎった。
そして殺生丸は意識を失った。
「・・・フッ・・・、他愛も無い。」
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・・・ちくしょう、殺生丸の奴、どこに居やがる!
俺は不安にかられ急き、兄のにおいを捜し風を辿って追い掛けた。
どうしても嫌な予感が拭い切れない。
俺の気持ちなど知る由もないのに、どういう訳か殺生丸はピタリと移動を止めている。
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