そうしてやっと、この山に辿り着いた。
何故急に動きを止めたのかは分からないが、とにかくこの山に居る。
だが・・・肝心の奴の姿が見えねえ。
においが濃くなる方へ向かい、今俺はおそらくその本人が居るであろう場所に居るはずなのに。
・・・何故だ。何故、姿がねえ・・・
それに、奴は多少なり怪我を負っているはずなんだ。
この血のにおい・・・
この山に入るまでは分からなかったが、間違いない・・・殺生丸の血のにおいだ。
・・・まさか、何処かに倒れているのか!?・・・
だが・・・おかしい。倒れているだけなら、当に見つけている。
・・・そう。居るはずの場所に居ない。
ここ以外から、においはしない。
ここで―――――・・・途切れている。
・・・こんな事は不可能だ。
気配を消す技など、会得しちゃいねえだろう。
第一そんな技使えるなら、とっくにやってるだろうが。
・・・もしかして、奴の妖気の変化と何か関わりが―――・・・?
その時、ふっと風に乗って色濃い血のにおいがした。
殺生丸!
俺は、辺りを見回した。
そして目に入った。
血だ。
枯れ葉の上に、血痕が残っている。
やはり、この場所に居たのだ・・・
では、奴はどこに・・・?
・・・今考えられるのはたった一つだ。
理由は分からないが、殺生丸は己の意とせず何かに巻き込まれた。
相手が、何なのか・・・人なのかも分からないが。
俺は的中した予感に、怒りにも似た焦りを感じた―――――――――
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意識を失ってから数刻―――――――
殺生丸は目を覚ました。
「・・・・・・」
どうやら自分は、何処かへ連れ去られたらしい。
地下・・・或いは、密室であるということはすぐに分かった。
そこは空気の流れが滞っており、窓も無かった。
「っ・・・」
身体を起こそうとして、腹に痛みを感じた。
だが、表面の傷口はもう塞がっている。妖力を制御されている状態ではあるが、身体自体が本当に衰えてしまった訳ではないので、治癒力はある。・・・ただし、これ以上の傷や毒を受けなければの話だが。
それよりも、己の格好だ。鎧や刀が見当たらないばかりか、身に着けているのは襦袢一枚だけだ。
両足首には鉄輪が嵌められ、足と足との間隔こそあるものの鎖で繋がれている。
両手は自由になっているが、毒のせいで未だ満足に動かせぬままだ。いずれにしてもこんな状態で逃げる事は出来ない。
「・・・変わった趣向だな。」
戸をスッと開け、ゆっくりとこちらに近付いて来る者に言った。
「体は大事無いようだな。」
そっけなく返されたその言葉に、腹を刺し猛毒を注ぎ込んでおいて、よく言う・・・と殺生丸は思ったが、そんな事はどうでも良かった。
「・・・それで?私をどうする気なのだ。・・・死神鬼よ。」
そう。殺生丸を刺し、連れ去ったこの男の名は死神鬼。
かつて、奈落を滅するよりも前に、冥界へと葬った男だ。
りんの命を再び失い掛けてまで手に入れた、”冥道残月破”が元は自分の技だと知らしめたばかりか、天生牙の秘密をいじましく暴露し、結果、犬夜叉と鉄砕牙を巡る最後の決着を向かえる事になったきっかけともいえる男。
「・・・・・・」
死神鬼は、凍て付くような眼で殺生丸を見下ろし、黙っている。
「・・・死に損ないめ。」
殺生丸も鋭い眼差しで死神鬼を見据えた。
「・・・・・・ふ・・・殺生丸よ。まだ自分の置かれた状況・・・立場を、把握出来ておらんのか。」
「・・・立場・・・だと?・・・さっさと用件を言え。さしずめ復讐・・・とでもいうところだろう。良かろう、受けて立ってやる。」
妖力も使えない体で両足を繋がれ、毒に侵され、頼みの刀も無い襦袢一枚のその姿でどこからその自信が出て来るのやら・・・と死神鬼は思う。
今の状態で勝算など無い事くらい、殺生丸だって判っている。かといってハッタリを口にしたつもりもないが、こんな男に自ら負けを認める言葉など例え死んだって言いたくなかった。
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