殺生丸は自分の呼吸を整えるのに精一杯で答える余裕は無かったし、行為が終わった今、何も言いたくなかった。
身体が冷たいのが自分で分かる。妖力を使えぬ身体で体力を消耗したからだ。
「意外に気丈だな。・・・それとも・・・今までに経験でもあったか?」
「!・・・・・・」
死神鬼は、殺生丸の一瞬の動揺を見逃さなかった。
「・・・フ・・・まこと物好きな家系よ。好んで自ら人間と行動を共にし・・・貴様の親父といい・・・あの半妖との確執も元は全て闘牙が招いた事ではないのか。」
「・・・・・・下衆に理解されずとも良い。」
「・・・そもそも妖怪に兄弟など必要はない。最強の第一子が生まれれば、それより劣る第二子など必要はないのだ。・・・稀に生まれても餌になるか、生き延びたとて殺し合いになるのが常・・・人間のような兄弟愛、家族愛など妖怪にはもとより無いのだ。・・・純血の貴様であれば分かっているだろう。・・・まあ、もっとも・・・貴様ら犬一族は血族も多いようだがな・・・貴様も例外ではあるまい?」
「・・・どういう意味だ。」
死神鬼は殺生丸の顎を掴み、口付けた。が、すぐに顔を離した。
死神鬼の唇からは、一筋の赤い雫が伝っている。殺生丸が鋭い牙で死神鬼の唇を噛んだのだ。
「・・・近親相姦・・・妖怪ではご法度も禁忌も無いが・・・・・・その名を馳せる大妖怪として君臨し、西国を統べた闘牙王ともあろう者が・・・成れの果て人間などと交わり子まで成すとはな。貴様の一族は何処でどんな契りを交わしているのやら・・・」
「黙れ!・・・父上を愚弄する事は何人たりとて許さぬ!」
「・・・許さぬのなら・・・何だというのだ?」
冷たい蔑みの眼と氷の微笑を浮かべながら、殺生丸の額から頬へと指を滑らせる死神鬼。
殺生丸は振り払うように顔を背けるが、尖った耳先を舐められ、再び顔を戻したところへ口付けられる。
お返しとばかりに今度は死神鬼が殺生丸の唇を噛み切り、殺生丸の唇の端から血が一筋流れた。
「・・・貴様などに我が一族、侮蔑させん。」
「・・・手も足も出せぬその状態で何が出来るのだ。・・・強情も大概にせよ。」
「・・・・・・」
「・・・まあ良い・・・それでこそ壊し甲斐があるというもの。いずれ貴様は己が何者かも判らなくなるのだからな。」
「・・・私は崩されなどせぬ・・・」
死神鬼は殺生丸の口元の血を指で拭い取り、味わうようにゆっくりと舐めた。
「・・・・・・綺麗な眼だな・・・欲しい。」
指の甲で優しく殺生丸の目尻を撫でるが、その死神鬼の眼は凍て付くような眼光を放っていた。
「・・・好きにしろ。」
死神鬼の指は殺生丸の目元でピタリと止まっている。そのまま少し力を込めて爪を引けば、殺生丸の眼は潰れるだろう。
殺生丸に脅しは効かない。やるならやれとばかりに死神鬼を鋭く見据えている。
「・・・否、・・・止めておこう。貴様の恐怖に震える眼が見れなくなる。・・・・・・殺生丸よ、そういえばあの半妖の弟・・・随分と熱心に貴様の後を追い掛け回していたようだが。」
「・・・・・・」
「・・・何故、貴様逃げ回っておるのだ?・・・もっとも、貴様のほうは既に新しい刀を手にし、もはやあの弟には何の執着も持っていないようだがな。・・・何か避けたい事でもあるのか?」
「・・・・・・」
「・・・答えぬか。」
「・・・貴様の相手は私であろう。奴の話はするな。」
「・・・・・・その様子では、やはり何かあるようだな。」
「・・・・・・」
「フン・・・貴様がかばいだてしようが・・・いずれあの半妖も捕らえて殺す。ただ、貴様の加勢があってはやっかいなのでな。先に兄である貴様を捕らえておいた方が、何かと都合が良いと思ったが・・・戦法は間違っていなかったようだな。それに・・・この数ヶ月見ていて大体分かった。あの半妖の弟は・・・直接手に掛けるより、殺生丸。お前を痛め付けた方が効くのだと。」
「・・・ふ・・・貴様の謀り違いだ。そんな事を企てても無駄というもの。」
「・・・そうかな?」
「・・・あやつは私の生死に頓着せん。」
「・・・クク・・・それにしては随分と貴様を追うのに必死に見えたがな。犬夜叉をかばってどうする?助けを乞うた方が良いのではないのか?」
「ほざけ・・・」
「フン・・・どこまで精神力が持つか見物だな。」
「・・・貴様などに崩されないと言ったはずだ。」
「・・・・・・面白い。いずれメチャクチャになった貴様をあの半妖の前に引き摺り出してやる。・・・その為にわざと痕跡を残しておいたのだからな。」
「痕跡・・・?」
「そうだ。・・・貴様を刺した時の血が僅かにあの山に残っているはずだ。」
「・・・・・・」
―――――・・・では、自分の姿が忽然と途絶えた事も知っているはず。
・・・当然だろう。犬夜叉も鼻が利く。それで今まで、避けても避けても自分を追って来たのだから。
だが、犬夜叉に死神鬼の手に堕ちたこんな姿を晒す訳にはいかない。
もとより、助けなど自分は必要としない。
この始末は己で着ける。
刺し違えてでも自分がこの男を殺る。
「・・・まああやつは此処へ辿り着く事は出来んがな。・・・此処はわしの屋敷の中。あの山の一部に張った結界を斬れば此処へ繋がるが・・・」
「・・・知らんのか。犬夜叉は結界を斬る事が出来る。・・・いずれ此処へ必ず来る。」
「・・・ク・・・おめでたい兄弟愛だな。信じているのか。」
「忘れているようだが・・・犬夜叉は既に”冥道残月破”を会得している。・・・鉄砕牙に貴様は敵うまい。」
「・・・・・・分かっておらんな。」
そう言うと死神鬼は、襦袢の裾が開け露になったままの殺生丸の大腿に手を伸ばし、付け根へとなぞり上げた。
殺生丸はビクリとし、身を固く強張らせた。
「・・・だからこそ殺生丸。貴様を捕らえておいたのではないか。貴様が居る限りあやつはわしに手は出せまい。・・・此処へ来たとて、貴様が正気を無くしていく様を見ながらあやつは死ぬのだ。わしの手によってな。・・・ククク・・・」
「・・・・・・貴様には無理だ。・・・犬夜叉が来る前に貴様が死ぬ。私の手によって。」
ビシッ
死神鬼は、殺生丸の頬を叩いた。
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