略奪    8P




 


 死神鬼は、殺生丸を抱き起こした。

「・・・・・・殺生丸・・・」

身体を死神鬼に抱えられても殺生丸の長い睫は伏せられたままだ。 

いつもは手荒に殺生丸の身体を弄り、濡れてもいないそこへ乱暴に貫き、ただ苦痛を与えるだけ・・・肌と肌が触れ合っても、それはあくまで弄る事で恥辱を味合わせ、押さえ付ける為だけの接触。
 乱れてはいるが、殺生丸の襦袢を脱がせてはおらず、死神鬼もまた衣を全て脱ぐことはない。
 唇が触れ合ったのは、死神鬼が殺生丸の唇を噛み傷付けたのが最後。
 情事の最中も口付けをした事はない。

相手が眠っていようが行為は出来る。もとより、合意を得る必要もない。全て己次第。

そんな死神鬼が、この時何を思ったのかは解らない。

死神鬼は、殺生丸を自らの膝上に抱えたまま、その美しい白銀の髪を優しく撫でた。
 そして冷たい頬に手を添え、閉じられている瞼を見やった。

「殺生丸・・・」 

・・・唇と唇が重なる―――――・・・そう思われた時、死神鬼はその声を聴いた。

「・・・くどくどと呼ぶな・・・・・・」
――――

唇が触れ合いそうな位置で、目と目が合う。
 金の眼と紫の眼が、それぞれの胸中のような揺れる蝋の炎を映して光る。

「殺るつもりならば・・・弄ぶな。」
「・・・ッふ・・・ッツ」

苦しげな息を漏らす死神鬼。
 その死神鬼の左胸を、殺生丸の毒爪を持つ右腕が貫いている。

「・・・無駄に加虐を好むからこうなる・・・」
「・・・ッ・・・ク・・・フ・・・確かに・・・・・・よく分かった。」

苦しげに眉を寄せてはいるが、死神鬼は口元に歪んだ笑みを浮かべている。
 そして殺生丸の右腕を掴むと自らの胸から引き抜いた。
 死神鬼の左胸からは血が溢れた。

だが・・・死神鬼は倒れない。

「・・・貴様・・・」

 何故、死なない?・・・心臓を貫いたはず。

「クク・・・殺生丸・・・どうやら今までわしのやり方は、貴様には手緩かったようだな・・・」

・・・何故だ。急所は外していない。

殺生丸は、策を失い動揺した。
 生きて此処から出るか、刺し違えて死ぬか・・・己の命を賭けた覚悟の一瞬だったが、これでこの男の命を絶つ機会は完全に失った。
 次には己が心臓を抉られるのだろう。殺生丸はそれを悟った。

だが、死神鬼はゆらりと立ち上がると胸の傷をそのままに、部屋の隅に置かれた台の方へと歩いた。

「・・・ふ・・・此処は元々捕らえた獲物を取り置く部屋でな・・・・・・拷問に掛け恐怖に慄いて衰弱していく獲物を見る事が、この死神鬼を何より満たすのだ。」
「・・・・・・」

不快な金属音がする。おそらく、これまで拷問に掛けてきた者たちを苦しませたであろう道具が置いてあるのだ。

「・・・貴様の言うようにわしは加虐趣味でな・・・」

背筋が凍り付くのを感じた。殺生丸の顔を冷や汗が伝う・・・
 殺生丸にはもう攻撃を繰り出す力は無い。常なら造作ない技も今の身体では消耗が激しく、先程の一撃がぎりぎり渾身の力であった。

死神鬼は殺生丸の両手首を掴み、鎖を幾重にも巻き付けた。

「立て。」
「っ・・・・・・」

 両手が拘束されたまま体を抱き起こされ、殺生丸は死神鬼にもたれかかる形になった。
 首元に互いの息を感じる。
 死神鬼は殺生丸の体を支えながら、慣れた動作で鎖を引いていく。徐々に鎖の絡んだ殺生丸の手首は宙に上がり、両膝を床に付けた格好で天井から吊るされた。

「・・・いい眺めになったな・・・」
「・・・・・・下衆が。」
「フン・・・」

殺生丸の眼は鋭く死神鬼を見据えたまま、少しも恐怖に怖じてはいなかった。

「・・・・・・いい眼をしてるな・・・それでこそ嬲り甲斐がある。」

そう言うと死神鬼は、殺生丸の美しい白銀の髪を優しく掻き上げ、その視界を塞いだ。
 正絹の白い布が巻かれ、殺生丸の目元を塞いでいる。

「貴様の眼が恐怖に堕ちていく様を見ているのも至極快いが・・・目を塞がれているが故の畏怖もあろうかと思ってな・・・ククク・・・」

 死神鬼は殺生丸の顎を掴み、グイと上向かせた。

「何か文句があるならば聞くぞ。」
「・・・・・・」

 殺生丸は黙していた。・・・殺生丸はどのように追い詰められて傷を負おうと、決して敵に屈する事は、これまでに無い。この事態においても、あまりの苦痛に時折乱れ悶える事こそあっても、その心は努めて冷静を保ち、孤高の誇り高き自尊心は少しの揺らぎも無かった。

 だが・・・完全なる敗北に一度崩れてしまえば、その心も脆く弱い。


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