親愛    3P




 

「・・・犬夜叉、あんた、そんなだからかごめちゃんには逃げられ、いつまで経っても殺生丸に嫌われたままなのよ。」

 珊瑚は、ふうっと溜め息をつき立ち上がると、やれやれという顔をしながら赤子の居る襖のほうへと歩いて行ってしまった。

「ケっ!」

 俺も半ば苛々して立ち上がり、自分の寝床へと向かった。
 背後から、楓ばばあの声が聞こえた。

「犬夜叉、分かっておるな、邪魔だてするでないぞ!」
「知るかよ、んな事。」

俺は振り向かずに言い放ち、その場を後にした。



 床に着いてからも、やはり寝付けなかった。

俺はずっと、今までの事を思い返していた。

 ・・・奴は、変わった。

 何が変わったって?・・・奴の眼だ。
 いつの頃からか、優しい灯をその瞳に宿すようになっていた。
 いつからそんな眼をするようになった?
 鉄砕牙に執着していた頃は、そんな眼をしていなかった。憎み合い・・・刀を交えていた頃は、刃の切っ先のような冷たい光を放っていたのに。

 あの小娘と・・・りんと旅をするようになってから、奴は変わったんだ。

 鉄砕牙を奪おうと闘いを挑んで来る事もなくなった。
 俺と殺生丸の直接的な対決もほとんどなくなった。鉄砕牙継承の決着の件では対峙こそしたが、やはりあの時だって殺生丸の、・・・天生牙の光に助けられた。

 りんが居たから関わった人間に慈悲を持った。

 奈落との最後の決戦の時だって、りんを犠牲にしようとした珊瑚を殺さなかった。りんが悲しむから。 ・・・珊瑚の覚悟もあっただろうが、奴にとってそんな事は問題ではなかったはずだ。奴はりんの為ならどんな危険も冒す。りんの命を奪おうとする者に容赦は無い。
 それなのに、珊瑚が今ああして生きていられるのも、全てはりんだろう。

何もかも・・・りんだ。

瀕死の奴を介抱し、奴の天生牙によって甦った小娘。
 運命の二人。

今や祝言まで挙げようとしている・・・



 ・・・まさか、だ。

殺生丸が、ガキを連れて旅をしている事も驚愕だったが、まさか今日まで奴がりんと関わりを持つなどとは思わなかった。
 りんの言いなりに村へわざわざ足を運び・・・その度に着物やら手鏡やらを持って来て。居間は豪華な調度品で溢れかえっている。

俺のことはまるで無視だ。 

・・・俺はどうなる。

殺生丸が来るからここに居た。
 殺生丸に会えるから。
 例え、会話一つ成さない関係でも。りんを通して合理的にその姿を見る事が出来るから。

・・・確かにりんも見る間に大人になった。色恋に興味を示してもおかしくはない。
 俺は密かに恐れていた。
 りんの殺生丸に対する態度こそ以前と変わらないが、体は女のラインを描きはじめ・・・ふとした時の目線は恋する女のそれそのものだ。
 殺生丸の態度もまた、変わらなかったが、・・・りんに向ける眼差しは誰よりも優しかった。
 あの美貌だし無愛想(人間に向ける目が冷たい)なので、今では理解ある村人ですら「冷たい男だ」と言う者もいるが。
 俺は知っている。・・・毒爪を持つ右手はもちろん、その鋭く長い爪でりんの肌を傷付けないよう、ごく優しく大切に触れている事を。

りんだけが特別なのだ。

だが俺は、あえて目を逸らし、考えないようにしていたんだ。

焦らなくても、殺生丸は人間の女とは恋になど落ちない。
 りんがどれだけ奴を想ったところで、無駄だと。
 いつか二人も種族の違いを越えられず、終止符を打つ日が来るだろうと。



 それが・・・・・・ 祝言 ・・・だと?


りんと祝言・・・そうなればもう、奴は村へは顔を出さなくなる。
 殺生丸は妖怪だ。
 今でも人間を忌み、嫌っている。
 人間とは相容れない存在。
 村に留まり、りんとここで過ごす事は考えられない。
 きっと西国・・・もしくはどこかに築いた自分の城にりんを匿い、二人で幸せに暮らすのだろう。
 俺のことなど忘れて。
 りんと・・・

 

俺はほとんど眠れずに朝を迎えた。

顔を洗っていたら、りんがこちらに近付いてくるにおいがした。
 ・・・大方、水でも汲みに来たのだろう。
 いつも通り話し掛けてくるりん。

 ・・・お前は、いつだってそうやって笑うんだな。
 人の気も知らないで。

りんの他愛ない話と、誰にでも向ける向日葵のような笑顔を見ながら、内心冷めていた。
 俺は愛想笑いと相槌を返しちゃいたが、何も聞いちゃいなかった。
 俺は、とりあえずりんを避けたかった。

これ以上、りんと接していると、りんに―――――

「じゃ、犬夜叉さん、私行くね。」
「!・・・っ、おう。」

りんは普段のそれと変わらぬ笑顔と足取りで、縁側のほうへ駆けて行った。
 縁側には、子供をあやす珊瑚の姿が見える。


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