なんの話をしているのだろう。
二人とも笑っている。
楽しそうに・・・
まさか昨夜の話、切り出す気じゃあねえよな?
・・・駄目だ、おかしくなりそうだ。
今になってどうして・・・
ただ会えているだけでも良かったのに。
見てるだけで良かった。
それすら、俺から奪おうというのか。
・・・自分のした事を忘れてなんかいない。
僅か十日足らずの時間だったが・・・・・・俺にとっては、どんな事よりそれが全てだった。
思い返せば鮮明に甦る。
“風の傷”で、重傷を負わせ、山小屋に奴を運び・・・激情のままに求め、再び殺しかけ・・・あの川で、二度と奴には触れないと誓った。
俺には、殺生丸と接する資格は無い。
だけど、この何年もの間、心の片隅でずっと願っていた。
赦される日が来ることを・・・
爆砕牙を手に入れ、奈落も滅び、殺生丸とはもうこの先何年も・・・否、何十年も会えないかもしれない。
そう思った。だがそれも、奴がりんを楓ばばあに預けたことで不安は消え、定期的にその姿を見る事が出来た。
遠くから奴のにおいが近付くのが分かると、俺は嬉しくて一人ニヤけたもんだ。
そしていつの日からか、いつか殺生丸に触れられる日が来るようにと・・・切に願っていた。
でも、りんが居なければ、きっと会うことも叶わなかった。
・・・・・・きっかけは、・・・りん。全てお前だ。
お前の存在が、奴を変える。
お前の存在が、俺を狂わせる。
・・・そう。あの時だって、お前のことが無ければ。俺があんな行為に至る事も無かった。
お前は、殺生丸の何なんだ?
お前は――――――・・・
お前は、誰も出来得なかった事をしてしまった。
・・・お前は侵した。奴の心を。
俺が、恋路の邪魔をしている訳じゃない。
お前が、俺の想いの妨げになっているんだ。
りん、お前の存在が―――――・・・!
そして、ある日のこと。
俺は出先で楓ばばあに頼まれた用事を思い出し、家へ戻った。
そこにはりんが居て、なにやら身支度を整えているようだった。
居間には他に誰も居らず、珊瑚もどうやら子供達を引き連れて外出しているらしかった。
「あ!犬夜叉さん。お戻りだったんですね!」
「あ、ああ。」
振り返ったりんは、心なしかいつもより念入りに身だしなみを整えている気がした。
・・・口には薄く紅がひかれているみたいだ。
「?どうかしたんですか?」
俺は少しぼうっとしてしまった。
「・・・そうだ、用事があったんだけどよ、ばばあも居ねえみたいだしな。」
「そうなの、今隣の村へ行っていて・・・」
「そっか。・・・お前よ、どっか出掛けんのか。」
「あっ・・・」
何やらりんは恥ずかしそうに、口籠った。
でも、嬉しさを隠し切れない様子で、話し始めた。
「・・・あのね、今日、殺生丸様が来てくれるの。いつもはお約束しないし来てくださるのも急だけど・・・初めてお約束したの。前にお話ししてた時、殺生丸様が数年に一度、夜に満開の花を咲かせる山があるって言っていて。りんがその山見たいって言ったら、殺生丸様、見せてくれるって・・・今日がその日で。」
「・・・・・・」
“ 約束 ”・・・二人だけの。
「綺麗だろうなあ・・・そのお山、犬夜叉さんも知ってる?」
「―――・・・いや、俺は知らねえ。そんな山あるんだな。・・・ていうか、お前、皆には言ってあるのかよ?夜から出掛けるなんて、珊瑚たちが黙ってねえだろう。」
「・・・」
「?」
「なんか、・・・珊瑚さまたちには気付かれちゃったみたいで。私、そんなに顔に出ちゃってたのカナ・・・。それで実は夜、殺生丸様が来てくださるって言ったら楓さまが、お酒が切れてるから隣の村へ調達に行って来るって・・・」
「・・・殺生丸は人間の酒なんて、呑まねえんじゃねえかあ?」
酒だと?・・・何を祝うっていうんだ。
山に花、見に行くだけだろ。浮き足立ちやがって。
「ここに来てからは、殺生丸様と夜にお会いするなんて滅多に無かったし、お約束をしたのも初めてだからなんか嬉しいな・・・」
・・・何のしがらみもない顔。
何て幸せそうに笑うんだろう。
何の罪も無い顔をして・・・
俺にとっては―――――・・・全ての根源の娘だ。
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