親愛    5P




 

 殺生丸。お前の気持ちが少し解ったよ。

 鉄砕牙に執着し・・・半妖である俺を憎んだお前。
 今なら解る。

 俺は、憎い。りん。お前が。




 ふと、一瞬こちらを見たりんと目が合った気がした。

 パリンッ!!

 何かが割れた音に、俺はハッとなり思考を中断した。

 見ると、りんの足元に手鏡が落ちている。
 りんがさっきまで手に持っていた手鏡だ。
 漆に金箔で紋様が描かれ、持ち手に美しい細
工の施された・・・殺生丸がりんに贈った物だ。

「・・・っあ・・・!」

 りんは、割れた手鏡をすぐ拾おうとした。
 俺は思わず、その手を掴んだ。

「っ危ねえ!・・・素手で触るんじゃねえよ。」
「あ・・・ごめんなさ・・・どうしよう。鏡・・・割れちゃった・・・」

 心底申し訳なさそうな悲しい顔。
 ・・・細い手首。
 殺生丸の手首も細かったが、やはり男とは比べものにならない。

「・・・鏡くらい、あいつなら頼めばまた持って来んだろ。とにかく片さねえと・・・」

 俺がそう言い、鏡に手を付けようとした時だった。
 りんは、その手鏡をバッと取り、懐に大事そうに抱え込んだ。

「!・・・・・・りん、そんなもん持ってたってもうしょうがねえだろ。怪我するぞ。」
「・・・」

 りんは、何も言わずふるふると頭を振る。
 一体、何だってんだ・・・鏡ごとき・・・よほど想い入れでもあるのか?
 鏡を離そうとしないりんに、俺は少し苛立った。

「・・・奴はそんな事くらいで怒りゃしねえよ。殺生丸には、俺が割っちまったとでも言っときゃいいだろ
う。」

俺は、なんとか鏡をりんから放そうと、もう一度その手を掴もうとした。

「っ・・・嫌っ!」

りんは身を引き、俺を突っ撥ねた。

「!・・・っ貸せよ、・・・そら、血が出てる・・・、」

 言いながら俺は、りんの細い手首に手を掛けた。

「・・・だめ・・・っダメなの、これはりんの宝物なの。大切な・・・」

 りんは微かに震え、今にも泣き出しそうな目をしていた。

「いいから貸せよ!」
だめ・・・っ」

 カシャンッ!!

 鏡は、りんの手をすり抜け、再び落ちた。
 かろうじて本体に残っていた無傷の部分も、今度は全て割れてしまっていた。

 黙って俯いたままの頬に、涙が伝うのが見えた。
 俺はりんから手を放した。

 床に散った鏡の破片を片付けると、手近にあった布に包み、化粧台の上に置いた。

「・・・悪かった。」

 俺はそれだけ言い、出た。

 

 

 りんは――――――・・・さっき・・・明らかに怯えていた。

 鏡を割ったからじゃない。
 俺に怯えていた。
 鏡を割る前・・・一瞬、目が会ったんだ。りんと。
 俺はあの時、きっと醜い顔をしていたと思う。
 嫉妬を宿した眼で・・・りんを見ていたから。
 だから、りんは大事な鏡を落としてしまったのかもしれない。

 気が狂いそうだ。

 りんを見る度、奴とのことが頭をチラついて・・・思いやりを欠いた言動をしてしまう。

 
 今の事・・・りんはあいつに言うだろうか。
 そうしたらもう終わりだ。

 僅かな希望すら無くなる。奴の内から、完全に俺は除外される。
 俺を赦す日は永久に来なくなる。

  どうしたらいいんだ、俺は。

 
 ・・・俺にはあいつしかいねえ。
 俺からあいつを取り上げないでくれ―――――


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