相生    5P




 


「いい加減にしろよ、今更拒むんじゃねーよ!!」

 どうにもならない切なさと変わることのない関係性。
 やりきれない痛みが激昂の熱となって俺を駆り立てる。

 殺生丸の前髪をグシャリと掴み、加減無しに掴んだ前髪ごと頭を壁に叩き付けた。
 もし相手が女だったら多少は無意識に手加減していただろう。でも相手は男でまして殺生丸だ。今、力加減などする必要がない。
 手っ取り早く大人しくさせるにはこっちの体力が消耗するより先に相手の気力を奪うことだ。

「ッ・・・ゥ・・・」
「オラッ、言えよ!!・・・刃向かう力がねーなら下手に出て俺に対する今までを詫びろよ!!」

 二度も頭を打ってさすがに効いたのか、半ば壁に崩れ力の抜けた殺生丸の両肩を掴み荒っぽくガクガクと揺さ振った。

 お前は・・・昔から蔑むことは言っても俺を叱り付けて押さえ込むようなやり方はしなかった。
 蛇蝎の如く忌み嫌う相手を手懐けて翻弄し泳がせて自分との格差を見せ付けた。一番残酷なやり方。俺を悟らすように。
 気に食わなかった。
 永遠にお前に勝てない気がして。

「・・・・・・何でも手にしてきたくせに俺の何がそんなに憎いんだよ・・・・・・!!」
「・・・っ・・・犬夜叉・・・」
「何が気に食わないんだ、刀の件はあれで決着したんじゃねーのかよ!!一緒に住む事を許したんだから俺はてっきり・・・・・・一緒に暮らす中でそのうち普通に・・・・・・家族みたいに接してくれるようになるのかと思ったよ・・・!!」

 早く打てよ、終止符を。
 俺はもう。これ以上お前を――――――

「犬夜叉、私は・・・ッ・・・ゴホッ・・・」
―――――
「ゴフッ」

 え・・・・・・

「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・っ・・・」
「ッ・・・!!」

 殺生丸の口からしぶいた、目に染みるような血の赤。

「殺生丸ッ!!!!」
「・・・っ・・・―――――
「オイッ!!・・・殺生丸!!・・・せッ・・・オイ・・・ッ!!!!」

 殺生丸が血を吐いた。











 俺は馬鹿だった。
 相手の心身の都合もおかまいなしに猛ったそれを殺生丸に擦り付けて欲求を満たし続ければ相手はどうなるか。
 どんなに冷酷で気丈といっても生身の人間なんだ。とっくに相手の身体は悲鳴を上げていた。
 武術や学力がどれ程優れていても殺生丸がそんなに頑丈なわけない。
 ウツ病だとかアル中だとか勝手な駆け引き染みた幕引きの想定ばかりして。そんなことの前に相手がぶっ倒れる可能性を何で考えなかったんだろう。
 やけに青白かった顔色も。
 帰りがいつもより早かったのも。
 あの男・・・死神鬼が部屋へ送るなどと言った理由も。
 今夜に限って激しい拒絶の訳も。
 今になって分かった。
 拒まれない。思い通りになる事に味を占めて俺はたった一人の肉親である自分の兄貴を苦境に陥れた。



 どうやって救急車を呼んだのかは覚えていない。
 まともに住所を言えたのか。
 断片的な記憶しか思い出せないほど尋常じゃない心境だった。
 救急隊員に引き剥がされるまで俺はぎゅっと殺生丸を抱きかかえていたように思う。








 点滴注射のポンプの中を落ちる水滴と殺生丸の寝顔を見ながらどれくらい時間が経ったのだろう。
 いつの間にか閉じた視界。
 カーテン越しに夜明けの柔らかい陽射しを感じて目を開けた。
 握っているひんやりとした手の指先が微動した気がして殺生丸を見ると、殺生丸は起きていた。

「殺生丸・・・!」

 俺と目が合った殺生丸は何か言いたげだったが、俺はすぐにベッド脇のブザーを押し医師を呼んだ。
 今は診察が先だ。

 医師の問診を家族として俺も隣で聴いていた。
 原因は積み重なった過労とストレス。ここ数週間ずっと胃に違和感があったこと。最近では食事をする度に吐いていたこと。
 胃炎が悪化しての急性胃潰瘍。それによる吐血。
 殺生丸は淡々と医師の質問に答えていたが、俺は息が詰まりそうだった。
 全部俺のせい。
 俺は殺生丸を殺しかけた。




  5P
  ← back   next →  






小説目次に戻る