相生    7P




 


「・・・あの時、お前は泣きながら私に刀を降ろしてきた。・・・あの瞬間・・・お前の眼を見て思ったのだ。私はお前から奪っていると。」
「・・・・・・何を。」

 “奪っている”・・・?
 あえて言うなら俺のほうがお前から奪っているだろう。他所から湧いて出た不義のガキが急に家に転がり込んで形見の鉄砕牙を譲渡された。
 腸が煮えくり返る思いだったろう。自分が一番欲していたものなら尚更だ。
 挙句、貞操をズタズタにした。

「人生をだ。・・・お前が家に来た事自体が間違いだったのだと。お前は母に言いくるめられてあの家に住むことになり私と行動を共にするよう強いられた。」
「・・・・・・違ーよ。きっかけは確かにあの人だけど俺はあの人に今でも恩を感じているし、選んだのは自分だ。」

 お前に惹かれて。

「・・・・・・お前は私のせいで狂ったとも言っていた。」
「それは・・・、」
「お前の話を母から初めて聞かされたのは、母がお前を家に招く前日だ。・・・突然知った弟の存在に私は亡き父に裏切られた思いだったが、母は決して父のこともお前の母親のことも悪くは言わず、憎んではいなかった。・・・まああの母にはお前も知っての通り普遍的概念も無ければ物の考え方が一般の価値観のそれとは違っている。・・・だから私も中傷的偏見は捨てた。それに私には関わりの無いことだとも思った。生まれた日から大勢の他人に囲まれた世界・・・あの家独自の文化の中で生きてきた私には今更誰がやって来ようが関係のないこと。・・・・・・お前が初めて家にやって来たあの日・・・母はただ私にお前を紹介するだけだろうと思った。でも目的は形見分けを披露する事だった。」
「・・・・・・」

 ああ、それで・・・・・・

「鉄砕牙と天生牙はどの品よりも父が大事にしていたものだ。・・・とくに鉄砕牙は・・・先祖の書物から幾万の血を浴びていると推測されているが現在に至るまで過去一度も磨いだことがないと云われている。その斬れの鋭さ・・・造りは他を凌駕していると。世に二つとない稀有な逸品。・・・・・・我家は武家の家筋。あの家が今在るのもかの歴史において鉄砕牙の使い手がそうしてあの家を護ってきたからだ。・・・だから私はあの刀を誇りに思っていた。・・・・・・引き替え天生牙は過去において一度も他者を斬ったことがない刀。それどころか鞘から抜かれたことのない刀だ。・・・・・・何故だと思う。」
「・・・・・・」
「・・・武士に敗北が期したときの末路は二つに一つ。敵に首を落とされるか自ら命を絶つかだ。・・・・・・分かっただろう。天生牙は自害を意図とした刀。」
「!・・・」

 ・・・そうだったのか・・・だから殺生丸はあの時あんなにも・・・

 仮にも武家の末裔でその血を引いていればそれがいかに屈辱かが伺える。
 切腹する為の刀を受け継ぐことが尊敬していた父親の遺言なら、ショックは大きい。
 ・・・でも本当にそうだろうか。
 親父の意図は他にあったんじゃないのか。
 一度も血で汚れたことのない純潔の刃。
 それは末永い繁栄と絶えることの無い血筋への願い・・・その証ではないのか。
 天生牙こそがあの大名家の誇りと象徴。

 お前だって本当は気付いているだろう?
 父親を敬愛していたのなら。

「なあ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・殺生丸。・・・俺も訊きたい事がある。」
「・・・・・・」
「お前はあの時・・・俺を殺すつもりだった?」
「・・・・・・」

 答えないのは肯定?
 ・・・その意は無くとも真剣を交えるというのは結果的にそういう事だ。
 あの時お前は本気だった。
 そして俺も。

「・・・・・・じゃ、死ぬつもりだった?」
「・・・・・・」
「・・・何であの時・・・俺の刀を防がなかったの。」
「・・・・・・一瞬の躊躇が判断を遅らせた。・・・・・・お前を追い詰めた自責の念に駆られて動けなくなった。・・・“斬られてもいい”と思ったのかもしれない。」
「・・・・・・」
「・・・私はお前の存在が疎ましかった。刀を・・・鉄砕牙を継いだお前が憎かった。何をしても自分より劣るお前に何の価値があるのか。でもその自分の歪んだ自尊に気付いた時、私に鉄砕牙を持つ資格は無いと悟った。お前と居れば居る程自分が醜悪に思えて惨めだった。それなのにお前はどんなに無視をしても蔑んでも私に付いて回った。」
「・・・・・・」

 驚きだった。殺生丸がそんな風に思っていたなんて。

「・・・お前は私をどんな人間だと思ってる?・・・私は・・・早くあの家を出たくて仕方がなかった。家を出る時期を早め、お前に太刀合いを持ち掛け・・・・・何もかも終わらせたかった。」

「・・・・・・」




  7P
    ← back   next →  






小説目次に戻る