相生    8P




 


 殺生丸は静かに話を続け、俺は初めて殺生丸の本当の気持ちを知った。
 そして話を聴きながら“やはり兄弟なのだ”と血の繋がりを感じていた。

 泣き言を決して吐かない兄の初めて聴く苦しい胸の内。


 物心付いたときから父親の名声を耳にする度、比べられているようで重圧を感じていたこと。

 周到に用意され仕立て上げられた環境に産まれ、『大名家の長子』として祭り上げられる。 不自由は無くとも雁字搦めだ。

 多感な年頃にワガママの一つも言えない。もちろん言えば何だって叶うだろう。でも当人が求めているのはそうじゃない。だから余計に感情を押し殺す。

 そういった環境に違和感なくいつまでイイ子にしていられるかは本人の性格次第だ。

 それなら殻を破って曝け出せばいいと他人は他人事として簡単に言うが、現実はそんな軽いもんじゃない。

その家の歴史と築いてきた繋がりを自分の言動次第で潰すわけにはいかないのだ。


 殺生丸は利発だったが元々無口な子供だった。それが更に自我を抑えるあまり必要以上の会話を避けると今度は周りが近寄り難いイメージを作り上げ、本当の自分を見失いそうになっていった。


 俺の実母の出が良いといっても、殺生丸の家柄とじゃ比較にはならない。

 でも幼少の頃俺が感じた思いを殺生丸も抱えていた。

 俺は気持ちを抑えずメチャクチャをやらかしたが、殺生丸は自身を抑制しきちんと順序を踏んだ。

 違いはあっても憤る想いは同じだった。

 あの頃の錆び付いた想いが溶けてゆく気がした。



「犬夜叉。・・・お前はあの太刀合いを後悔しているか。」

「!・・・え・・・・・・?」


 思いも寄らない言葉に俺は動揺した。


「私は・・・後悔している。」

――――・・・」


 ズキリと胸が痛んだ。


「・・・・・・」

「・・・やっぱり・・・腕のこと・・・俺が・・・」

「そうだ。」


 重い痛みが全身に圧し掛かる。


「・・・私はあの太刀合いをきっかけにお前が私から離れることを望んでいた。」

「!・・・?・・・」

「私は・・・先にも話した通りの人間だ。・・・・・・突如独りの世界に“弟”が現れ鉄砕牙を授受し・・・のうのうと私を慕うお前の姿を見る度酷く苛々して仕方がなかった。・・・・・・だからお前を遠ざけたかった。必死に私に喰らい付くお前を蔑み邪険に扱えば、そのうち私を見限りお前はお前の道を見つけ離れてゆくだろうと思っていた。でも結果的にあの太刀合いのせいで余計にお前を縛り付けてしまった。」

「・・・・・・」

「・・・お前に罪悪感を植え付け、離れる機会を失った。ならば腕が元に戻ればいい。そうすればお前を私から解放出来る。だから私は退院した後も入社までの間に毎日欠かさず病院へリハビリに通った。医者を自宅へ呼ぶことも出来たが、それを見た周囲はその度に出来事を思い出しお前をそういう目線で見るだろう。母がなだめ私がどれ程経緯を説明したところで、代々からあの家に使える者達は決して心からの納得はしない。・・・・・・同居を承諾したのは成り行きもある。だがお前にとって進学が決まった大学への通勤も実家よりはあのマンションのほうが通い易い。・・・それにあの家にお前を招いたことでお前の人生を狂わせた。・・・お前に要らぬ荷を背負わせた事への罪滅ぼし・・・同居は私にとっても大義名分だったのだ。」

「・・・・・・」


 俺は泣いていた。

 全然気付かなかった。知りもしなかった。

 そんなこと。


 殺生丸のそういう気性を見抜いていた筈なのに上辺の冷たさを憎むばかりで全く解っていなかった。

 俺に気を遣わせない為に。

 日々の忙しさの中どれだけの努力をして今の腕が在るんだろう。



「・・・でもお前と住んだのは間違いだった。」

「!・・・」

「お前の言うように私がお前を追い詰め狂わせた。何もかもの元凶は私だ。」

「違う!!・・・・・・俺は望んでお前の傍に居たし、あの太刀合いに応じたのも自分の意思だ。それにお前の腕を斬ったのは俺の落ち度だ。俺のせいで・・・お前が今こんなになったのも全部俺のせいだ。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・相手がお前でなかったら今この左腕はここに無いだろう。」

「・・・!?・・・」

「・・・お前が手にしていたのは鉄砕牙。あの勢いならば本来腕どころではない。刃は容易に肋骨をも裂いて心臓まで達していただろう。・・・腕を落とさずに済んだのはお前の技量だ。」

「・・・・・・」

「お前は筋が良い。・・・キレイに断裂された事も結果的には回復に繋がった。」


 殺生丸は目を伏せ苦笑している。


「・・・・・・笑い事じゃねーよ・・・俺があの瞬間(とき)どれだけ・・・・・・!!!!」

 殺したかと思ったんだぞ・・・・・・!!


「・・・鉄砕牙は斬る刀。そして護りの刀。あの刀は魂を宿し自ら主を選ぶなどという謂れも紀伝に記されている。・・・・・・あの時私が死なずに済んだのはお前がそう望んだからだろう。・・・・・・私は初めからお前に敵う筈もなかった。・・・・・・お前も自分の幸せを願うなら私の傍に居ないほうがいい。私はお前に慕われるような人間じゃない。」

「・・・ッ・・・」
「!!・・・犬夜叉・・・ッ!?」

「・・・・・・何言ってんだよ、さっきから・・・・・・!!」


 俺は殺生丸に覆い被さるように抱き付いた。




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