夏至の夜(エピローグ)    3P




 


 なんだ・・・・・・?

 目を凝らして音のするほうを見やった。

 間違いなくこっちに来る。
 イノシシか・・・!?・・・それとも・・・・・・いずれにしても音からして大きな動物であるに違いない。

 ヤバイ、撃退する道具も何もないのに。

 目線は近付いて来る音のほうへ向けたまま、無意識に手だけ地を滑らせ探り、手近な折れた小枝をギュッと掴み構えた。

 こんな所で死んでたまるか。
 殺生丸に会うまで俺は・・・・・・ッ!!!!

 ついにバキバキと落ち葉や枝を踏む音が接近し、ガサッと葉が大きく揺れた。

 心臓の音が体中響き、眼を見開いた。
 そこに居たのは。

―――――――・・・」

 “人”だった。
 そしてその声を聴いたとき、本当に夢かと思った。

「・・・犬夜叉・・・!」

 嘘だ、居るはずがない。

 だけど俺がその声を聞き間違えるはずはない。
 ましてその姿を。見間違えるはずもない。

 そこに立っていたのは殺生丸だった。

 接近してくる何かに動揺し過ぎて気付かなかったが、ちゃんとその手には小型のライトが握られており、今は辺りを仄かに照らしていた。

「殺生丸・・・・・・!」
「犬夜叉・・・」

 名を呼び合ったのは何年ぶりだろう。

 こんな場所で。
 会えるはずがないのに会えた。
 これって何の運命?

「・・・何で此処に・・・?・・・どうして・・・・・・」
「この・・・ッ、馬鹿が・・・!!」
「・・・・・・」
「・・・話は後だ、・・・とにかく無事なんだな?・・・どこか怪我は・・・、!!」

 無意識だった。
 俺はかがみ込む殺生丸の肩を掴み引き寄せ、力一杯抱き締めていた。

 “会いたかった”と。
 ただそれだけ伝わればいい。

 本当に会いたかった。

 何処に居ても。誰と居ても。
 とんでもなく美しい景色を見たときはいつだってお前の姿を想った。
 今この瞬間隣に居ればいいのに、と。

 焦がれて止まない相手が今、腕の中に居る。
 手段を選ばず侵蝕し尽くしたのに俺を受け入れ赦してくれた。

「・・・っ・・・」
「犬夜叉・・・・・・」

 無言で抱き付いたままの俺を殺生丸は振り払おうとはしなかった。




 しばらくの抱擁の後、滑落したこと、足を怪我していることを伝えると殺生丸の判断もやはり同じで今夜はじっとここで朝を待つことになった。

 殺生丸が起こしてくれた火を囲い、寝転ぶ俺の隣で殺生丸は胡座を掻いて座っている。
 火の灯りで分かったが、殺生丸の服にはあちこち土や葉が付いていた。おそらく慣れない山道で此処まで来るのに相当苦難したに違いない。

「お前は怪我はねえのか。」
「あったら来られてないだろう。」

 相手のそっけない答え方に思わず“変わってねーな”と笑みをこぼした。

「何が可笑しい。」
「ハハ、いや・・・」

 本当に殺生丸まで滑落しなくて良かった。
 暗闇の山の中をペンライト一個で歩くなんて。落ちて大怪我していたらと思うとゾッとする。
 大事な存在を失うかもしれなかった恐怖。

 それにしてもどうして此処が分かったのだろう。
 しかも滑落地点に。
 探り当てるのはプロでも奇跡に近い。

「・・・なあ。」
「何だ。」
「・・・・・・」

 無事を確認したからか、明らかに少し怒っている様子の相手に『怒っているか』などということを訊けるわけもなく、本来訊こうと思っていたことを尋ねた。

「何で此処が分かった?」
「村の人間にお前が夕方になっても山から出ていないとを聞いた。」
「・・・、だからって知りもしない夜の山に入って俺が見つかる保障がどこにあんだよ!?」
「でも会えただろう。」
「・・・・・・」

 何の根拠と絶対の自信があってそんなこと出来るんだ。
 でも実際に殺生丸は俺を見つけた。
 いや、それ以前に。

「・・・そもそも何で俺の居場所が分かったんだ?」

 俺が南米に居ることをどうやって辿ったんだ。

「・・・・・・最後に電話を切ってから半年経っても1年経ってもお前は電話をよこさなかった。そしてそれから1年経っても。こちらから電話を掛けても繋がらないままだった。」
「・・・・・・悪かったよ。」
「お前は・・・このまま行方をくらますつもりだったのか。」
「!・・・」
「二度と戻るつもりはなかったのか。」
「・・・・・・」

 正直そう考えたことがなかったわけじゃない。
 俺を受け入れてくれたことで俺にはもう十分だったし、俺の気持ちが変わらない以上、殺生丸の前から消えたほうがいいのではないかと。

 でも結局俺は。

 黙ってしまった俺を殺生丸はそれ以上追求しようとはせず、俺を見つけ出した手段や方法を淡々と教えてくれた。
 殺生丸には元々財力もあり人脈もある。当然外国にも知人はいる。話を聞いて納得はしたが、やはりこの地まで辿り着くのはいくら殺生丸でも相当至難の事だったろうと思う。
 そしてこの夜の見知らぬ山の中を危険を冒して一心不乱に俺を探してくれたんだ。

「・・・もう戻るだろう?」

 穏やかにそう問いかけた殺生丸の顔は本当にしっかりとした兄の顔だった。
 決して面には出さない優しさ。
 俺の好きになった男。

「・・・ああ。」

 目頭が熱くなり下を向いて俺はふっと笑い、眼を閉じた。

 一緒に帰ろう。

 殺生丸が傍に居る。
 本当はもう独りの時間の埋め方なんてとっくに忘れた。

 俺は寝そべったまますり寄り、胡座を掻いて座る殺生丸の腰ごと強く抱き締め膝元に顔を埋めた。
 背中に感じる仄かな熱。殺生丸の手のひら。
 葛藤も抜けきれなかった棘も安堵の眠りの中で全てが霞んでゆく。
 愛しさを貪らなくても欲しかった温もりがここにある。


 南米の夏至の夜。
 異国の地で巡り会えた奇跡。















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