夏至の夜(エピローグ) 2P
名門大学を中退してまでわざわざボストンで約半年間の理工学の専門学校へ通い、半年後には戻ると嘘をついた。 本当は初めからたった半年で日本へ戻るつもりはなかった。 「留学」なんて大義名分で修了したらそのままあちこち外国を渡ろうと思っていた。 でもバックパッカーとしてフラフラするなどと言えば要らぬ心配を掛ける。 だから実際に学校を修了した後―――――――― 「まだしばらく戻らない。」 「・・・何で。」 「目標が出来たから。」 「目標?・・・どんな。」 「・・・まあ・・・色々な。」 「・・・・・・そうか。」 「そっちは変わりない?」 「ああ。全くな。」 「そっか、良かった。まあまだたった半年だもんな。」 「・・・・・・で、お前の言う“しばらく”とはどれくらいなんだ。」 「・・・う〜ん・・・“しばらく”。」 「・・・・・・金は足りているのか。どうするつもりなんだ。送金が必要なら今日にでも・・・」 「イヤ、いい、金は足りてるしこっちでなんとかする。」 「なんとかって・・・」 「大丈夫、違法になるような事はしねえよ。」 「当たり前だ。」 「ハハ、まあそういうわけだからしばらく電話も出れねえ。」 「・・・電話と何の関係があるんだ。」 「・・・色々だよ。携帯代も振り込む金ねえかもしんねえし。」 「だから言っているだろう、送金が必要なら・・・」 「いいんだって!この留学費用もいずれ返さなきゃなんねえし節約だよ。」 「返さなくて良いし貸したつもりもないと言っているだろう。」 「俺は借りたつもりだよ。・・・とにかくさ、本当にいいから!・・・何かあれば必ずこっちから連絡はするよ。」 「・・・・・・分かった。」 「・・・それじゃ。」 「ああ。」 ――――――――こんな会話をして携帯の電源を再び切った。 声を聴けば会いたくなる。 甘えたままだ。 声を聴くというのは相手の存在を体感させる。 それじゃ駄目なんだ。 きちんと自立しやり直すには。 もっと大局的な観点から世の中を視て色々なことを得たい。そうしていつか本当の意味で殺生丸を守り支え隣に立ちたい。 ・・・・・・その頃に例え殺生丸に恋人・・・もしくは良き伴侶が居ても、だ。 俺の気持ちは変わらない。ずっと。 違うにおいのする土地。知らない街。 何もかもが新鮮だった。 でも初めての海外生活の割にはさほど苦労せずに済んだ。文化や風習を理解するのに多少努力をしたくらいであとはちゃんと人を判別すればいいだけだ。 目の色、肌の色、髪の色、話す言葉が違っても基本的には日本と同じだ。ウマが合う合わないがあるのは万国共通。悪人善人が居るのもどこの国だって一緒だ。 就労ビザの取得は条件を満たせず無理だったが、幸いにも俺は多少なら英語が話せる。多分日常を送るには言葉の問題は無い。 現地で知り合った信頼出来る仲間や人づてに“手伝い”という名目で事実上働き、”小遣い”を貰い不法行為にならないぎりぎりのところでなんとかやり繰りしていた。 次第に街の喧騒が煩わしくなりだんだんと都会を離れ、大自然の中を行くような一人旅へと変わり、辿り着いたのが南米―――――――― 気の向くまま海外放浪生活をして二年半が経とうとしていた。 「・・・何が“大局的観点“だ・・・」 俺は自嘲気味に一人ごちた。 得たものが何もなかったわけじゃないが終着点を決めていなかったんだから達成感なんてものは来るはずもない。 ふとした時に漠然とこれから先の事を考えるようになった。 そんな事を思うようになったということは自分はもうこの旅に満足していて。もしかしたら今がもう帰る時なのではないかと。 ・・・そう思い始めた矢先、このザマだ。 山間の僻地で土地勘が働くわけもなくすっかり迷い、足を取られて岩場から滑落した。 これでも俺はこの手の馬鹿はやらかさない自信があったが結果これだ。 頼みの携帯もない。 この肝心なときに。 多分滑落したときに何処かへ落としたのだろう。 これでもう本当に声は聴けないな・・・ 最後に聴いたのは少し不機嫌そうな声だった。 ふ・・・俺の身勝手さに呆れているような案じているような声。 行き先も告げない旅に納得していないが俺の決意を感じて了解してくれたのだろう。 こんな事になるならもっと早く一度帰国を考えれば良かった。 帰りたいと思うときに帰れず会えなくなるなんて。 寒い。やはり少し体も冷えてきた。 このまま俺はここで死んでこのまま二度と会えないのではないか。 そんな突拍子も無いことまで思った。 辺りは真っ暗闇だ。 夜空は綺麗だが怖くないといったら嘘になる。眠るなんて出来ない。 昆虫や小動物のカサカサと走る音や鳥の羽音にいちいちビクつく。 今何時なのだろう。 気を失っていたのが4、5時間とすると22時くらいか・・・ デジタル時計をたしかズボンに入れていたはず。そう思い、ポケットに手を入れた。 その時だった。 何かがこちらへ近付いてくる音がした。 ガサガサと葉を揺らし地を踏む音。 |
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