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  かすみの楔 −劣情−






 イイ学校出て。
 イイ会社入って。
 イイ所住んで。
 イイ服着て。
 イイ車乗って。
 イイ飯食って。

 人生の勝ち組をゆくような兄。

 いつだって俺を見下ろす冷たい言葉。
 プライドの塊のような兄。
 俺を馬鹿にするけど。
 その俺に負けたらお前はどんな顔するかな?

 だからコレは急に思い立った事じゃない。

 どうしようもない程愛しい。
 だけど憎い。
 お前が。

 殺生丸。
 
 俺はもう限界なんだ。
 お前は知らないだろう。
 理解しようともしないだろう。
 こんな激情。

 正直に気持ちを伝えて想いが伝わるとは思えない。

 お前はどんな顔をするだろう。
 その反応はどんなだろう。
 俺が今から実行しようとする事。

 優しくしたい。
 素直になりたい。
 けど出来ない。

 裏腹に相反する激情がお前を求める。










 高層マンションの最上階の角部屋。
 普通じゃこんなトコ住めない。
 成功した人間が下界を見下ろす為に住むような場所。
 お前にぴったりだな。

 俺はそんなことを思いながら明かりを消したリビングの暗がりで酒を飲み兄の帰りを待っていた。

 深夜。ロックが解除されるカードキー特有の音。
 玄関のドアがいてほんの少し冷気が入ってくる。
 靴を脱ぐ音と衣類が擦れる音。コートを脱ぎながらリビングへ近付いて来る足音。
 そして明かりを付け鞄を無造作に置くと、こちらに見向きもしないで平気で酷い言を言い放つ。

「目障りだ酒をかぶりたくなかったら出て行け。」
「・・・ハイハイ、スイマセンね。」

 あしらうような空返事をし、俺はどかなかった。

 バシャッ

 案の定。
 こいつはこういうとき、本当にやる。床が汚れるとか後始末が大変だとかまるでそんな事考えない。笑えるくらい実直。
 これが俺の兄、殺生丸。

「・・・私が出て来る前に片付けておけ。」

 情のカケラも無いような冷たい目。
 殺生丸はびしょ濡れの俺の事は気にも掛けず、自分はサッサと風呂場へと向かった。
 仕事から帰るとすぐシャワーを浴びるのは常。だけど酒の掛かった俺の身にもなれよ。馬鹿野郎が。

「・・・ったく、てめえがぶっかけたんだろーが。」

 俺はわざと聞こえるくらいでかい声で言った。

 だが、とはいったものの床やテーブルをこのままにしておいたら本当に俺を家自体から追い出すだろう。
 これでもそういう肝所は押さえてるんだ。

 それに今は床掃除でもなんでもやってやるよ。
 これから起こる事を考えればこんな後始末はどうってことはない。

 俺は狂気染みた笑いを浮かべながら殺生丸が風呂から上がるのを待っていた。



 

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