残 -ZAN- 2P
無意識だった。 動けなかったのも目を逸らせなかったのも。本当は二人を見て欲情してしまったから。 知らず自慰していた。 情けないような惨めなような・・・罪悪感のような・・・いや、もっと複雑な気持ちだ。自分には男色の気などないのに。 ・・・でもあんな風に燃え上がるような交接をしたことが自分にはあっただろうか。あんな熱情的に誰かを欲したことなど・・・・・・自分にはない。 何とも虚しい気持ちで自身から滴るそれを手で拭い静かに指先を水面へ浸けた。 その時だった。 ハッとして顔を上げた。 犬夜叉から離れ、川から上がった殺生丸。 緩やかな所作で着物を羽織り、ふとこちらを見たのだ。 ヤバイ―――――――・・・!! ドキリと緊張した。 だが駆け寄った犬夜叉に抱き締められたことで相手の注意は逸れ、散らばった衣類を適当に集め抱えた犬夜叉と共にそのまま暗い夜の森へと消えていった。 弥勒は精で汚れた体を洗い川から上がると手近な岩に腰を下ろし、ふーっとため息をついた。 静まりかえった渓谷の中に自分一人だけが取り残されてぽっかりと浮き上がっているような奇妙な感覚。 あのとき。 気のせいじゃない。 殺生丸と目が合った。 月の光を受けて輝く白銀の髪。金色の眼。 その眼差しはどこまでも美しく妖しく残酷。 射るような瞳でこちらを見据え見透かすように微かな笑みを浮かべていた。 まさか気付いていた? いつから? ・・・最初から? 思えばあの兄が自分の・・・人間の気配に気付かないはずはない。 周囲の気配が疎かになるほど淫欲に溺れるようなタマじゃないだろう。 ずっと気付いていたのか。 気付きながらあの時もあの瞬間も。 相手にもされていない。 虫ケラみたいに思っている人間の雑魚一匹が自分達の情事を覗いていたところであの人にはどうとないのだ。 盗み見をしていた自分が急激に薄汚いものに思えてくる。 敗北感。・・・何に対してだろう。 遊びの相手ならいくらでもいた。そうした経験は長けていると自負していた。だからあの二人より自分のほうが。そう思ったのだ。 それなのにあんな・・・互いを想う激しい行為。 ソレを何ていうか知っている。 奈落が消えて風穴の呪縛から解かれても自分にはソレがない。女を抱くときに感じるのはただ快楽だけ。 ・・・今、きっと自分は酷い顔をしている。 二人の情事を見てしまったあの夜から数日後、殺生丸は楓の村にやって来た。 りんにまた何か渡している。 奈落との闘いが終わった後りんは楓の村に預けられ殺生丸と離れたが、今でもこうしてひと月に何度かはりんの為に楓の村へやって来るのだ。 いつもならどうと思わない見慣れた光景を横目に、弥勒は苛立ちを感じていた。 「わあ、綺麗・・・!こんな高価な物・・・殺生丸さま、ありがとう。でももうりん、何もいらないよ?殺生丸さまが来てくれるだけで嬉しいのに・・・」 「・・・お前に似合いの物が見つかっただけだ。」 「ふふ・・・もういいのに。いつも本当にありがとう、殺生丸さま。」 嬉しそうに笑って。 あけすけだな。 お前がどんなに想ったところで殺生丸はりん、お前のものにはならない。 殺生丸。貴方だってりんの気持ちにはとうに気付いているだろう。 それなのに夜な夜な自分はあんな秘め事に勤しみ犬夜叉に抱かれてよがり声を上げている。 知っているか?そういうのを“弄ぶ”っていうんだ。 無意識にじっと見ていた弥勒は、りんとの他愛もない会話を終えた殺生丸がふと周りに目をやるのが分かった。 「・・・犬夜叉なら居ませんよ。」 わざとらしい親切心で声を掛けてやった。 「・・・・・・」 横から急に口を付いた自分に殺生丸はチラと無表情な目線だけよこした。相変わらず興味関心がないものへはあからさまな素っ気無さ。 「・・・ああ、すみません。貴方ならにおいで判りますよね。余計なことでした。」 「・・・・・・」 “犬夜叉になど用はない”とか言いそうなもんだが、そんなことを言えば関係を知ってしまっている自分にあえて密接な関係を強調しているようなものだ。だから無視か。 作り笑顔とますますわざとらしい台詞で相手の反応を探ってみたものの、こちらに完全に背を向け悠然と歩き出してしまった。 チッ。内心、舌打ちした。 「お待ちください。」 スッと駆け、大胆にもその肩に手を掛けた。 だが殺生丸は瞬間にバッと払うように振り返り、今度はさすがに僅かな苛立ちを含んだ眼でこちらを見た。 「・・・何の用だ。」 「・・・・・・本当は気になったのではありませんか?」 「・・・何が。」 「気付いたでしょう?」 「・・・・・・」 「・・・気付かないはずはない。」 「・・・・・・」 「私からする・・・犬夜叉の血のにおい。」 さあ、どうだ。どう出る。 「・・・・・・別に。」 ・・・想定通りの答え。 思わず笑みがこぼれそうになる。 「・・・・・・気になったのなら今日の夕刻・・・ここから少し離れたあの山に来てください。私は麓のお堂におります。」 「・・・・・・」 殺生丸は弥勒が指差した山を見つめた。 「・・・私も貴方に御用がございますので。・・・それでは、お待ちしておりますよ。」 自分に用があるという弥勒の言葉に殺生丸は僅かに反応し冷淡に弥勒を見据えたが、弥勒は微笑みながら意味深げに殺生丸を見やり軽く会釈すると母屋のほうへと歩き出した。 笑んでいるのに眼は冷たく内に何かを含んでいる。 しかも妖怪である自分を神仏の信仰を本旨とする堂などに呼び出すとは。なんとも挑発的行為。 素行の良いいつもの弥勒と様子が違うのは明らかだった。 とはいえ、たかが人間一匹の挑発に大妖怪である自分がわざわざ出向いてやらなくても良い。殺生丸はそう思ったが弥勒は犬夜叉とつながりある仲間。その弥勒にあの夜を知られた。そしてその上で自分を誘い出すというのなら無下にも出来ない。 一度くらいは応じてやるか。 用件が何であれ、自分は何かに左右などされないし人間が自分に手出しすることなど不可能。身の危険はないのだから―――――――――― そう思い、殺生丸も踵を返した。 |
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