酷い現実。
己の起こした惨状に打ちのめされて、犬夜叉は殺生丸の上に跨り屈みこんだまま動けなかった。

全身から血の気が引いてゆくような感覚。
引き替え鼓動だけはうるさく響く。

天生牙に鋭く弾かれた手。
きっとあのとき・・・これ以上の危害は赦さないと。殺生丸の身が危ないと。俺に警告し。天生牙は殺生丸を護ろうとした。
それに覚えている。
初めて苦痛を訴えた殺生丸。
あれは本当に限界ギリギリの本音だったんじゃないのか。

妖力がどれほどずば抜けていようと体が丈夫なわけでも構造が頑丈なわけでもない。
精神力が屈強だからって内臓を嬲り続けてタダで済むはずなどないのに。
俺は殺生丸の状態を弄んだ。

まさか死なねえよな・・・・・・!?

純血の妖怪に手当ても何もどうもこうもしてやりようがないが、ただでさえ低い体温。冷たい肌がいっそう温度を失ってゆくように思えて怖かった。
犬夜叉は我に返ったように急激に焦り、殺生丸を抱え起こした。
だが、その時。

「ッ・・・ゥ・・・」
「!!」

抗うように殺生丸が身を捩った。

「殺生丸ッ!!・・・ッ、オイッ・・・」
「・・・っ」

無意識なのか。抱える腕から逃れようとする殺生丸。

「動くな、血が・・・っ」
「・・・もう・・・、・・・いいのか・・・」
「!?」
「・・・よいのかと訊いている・・・」

辛そうに顰められた眉。
閉じられたままの目。
掠れた小さな声。
何を問われているのか解らずうわ言かとも思ったが、すぐ気付いた。
この期に及んで殺生丸は俺の気が済んだかどうかを確認しているのだ。

「そんなのは後だ!!話は後でいい、お前自分が今どういう状態か分かって・・・」

言いかけ、そこでハッとした。
一瞬にしてこれまでの事が脳裏を廻り、悟る。
俺の言葉に目を開けた殺生丸。
その殺生丸の眼を見た刹那、全身を戦慄が走った。

「!!!!・・・―――――――

全ての神経が凍り付いたかのように微動も出来ない。

こちらを見据える金色の眼。
鋭く澄んだ眼光。

相手に今そんな力はないはずなのに、返答と態度次第で確実に俺の息の根を止める。
本能的にそれを察知し、初めて怖いと思った。
死ぬことがじゃない。
腕に納めているこの兄がだ。
桁違いの圧倒的な妖力。
己の身の程を思い知る。
殺生丸は本来なら触れることも適わぬ大妖怪なのだ。

完敗だ。
完全に。
この駆け引きは。

殺生丸は俺が到底納得するはずがないことを承知の上で無言を貫き俺に服従し俺の憤りを受け止めてみせた。
絶対的な意志。

これでもうこの件の事は持ち出せない。
殺生丸を解放するということは俺の気が済んだということ。
これ以降この件に触れればきっと殺生丸は―――――――・・・俺を殺す。
・・・否、出来ない。だから姿を消す。

「・・・・・・」

大した男だ。

犬夜叉は心底腕に抱いた兄に感服した。

相手の気が済むまで。
気が治まらないなら、死ぬまで好きにすればいいと思ったのか。
己の潔白を死んでも貫くつもりだったのか。
おそらくどちらもだろう。

生まれてかつてこんな扱いをされたことはないであろうに、犬夜叉の愚行に耐え続けることで犬夜叉への愛情も示してみせた。

犬夜叉の怒りを身を持って鎮め禊を済ませたのだから、今後一切この件に触れることは赦されない。
当初の思い通り、“なかったこと”となるのだ。

殺生丸は全ての意志を通したのだ――――――――


「・・・もう終いだ。」
「・・・・・・」

犬夜叉は殺生丸をじっと見つめた。
殺生丸も真意を確かめるように犬夜叉を見据えている。

「・・・もう疑わねえ。・・・だから離れんじゃねえ・・・っ!!」
「・・・・・・」
「とにかく、今は・・・ッ」
「・・・、・・・――――――
「!!殺生丸・・・ッ」

やっと荷が下りたのか、解放され気が抜けたのか、犬夜叉への安堵か、身体中の痛みからか。
何かを言い掛け、意識を失った殺生丸。

青褪めて見える白い面。
対照的に鮮やかなほど美しく肌を彩る紋様。
犬夜叉は朱線の浮かぶ頬をそっと撫で、力の抜けた冷たい身体を強く抱き締めた。






それから数日、犬夜叉は殺生丸の傍を離れなかった。
大妖怪の身。
まして妖力をぶつけ合っての闘いをしたわけでもない。
凄まじい暴行で重傷を負ったものの、回復の時間さえ持てれば治癒は早い。
翌日には酷く裂傷したそこも内臓の傷も塞がり、夜には動けるほどに回復していた。
だが目覚めてから終始無言の殺生丸。
その表情は常と変わらず、何も読み取れない。
かといってべったりついてまわる犬夜叉を避けるでもない。
そしてこの今も。

パシャ

「・・・・・・」

川で沐浴する殺生丸を犬夜叉は手近な岩に腰掛け見つめていた。

どうやら身体は本当にもう大丈夫なようだ。
いや、そればかりか。

濡れて光る髪。艶めく肌。
月の光に縁取られた裸体。

しなやかな所作で襦袢を身に付けるまでを一部始終見ていたが、着物を羽織ったところで犬夜叉はたまらず背後から抱き寄せた。





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