犬夜叉の自我が崩壊するのに時間は掛からなかった。
目を塞いでも聞こえてくる二人の荒い息。
死神鬼の殺生丸を痛め付ける台詞と行為。
殺生丸の苦しげな喘ぎと血の伝う脚。
何かがバラバラに音を立てて崩れていく気がした。
三日目の夜には理性は消え、鉄砕牙を身に携えていながらも犬夜叉は自身の妖怪化を抑えることは出来なかった。
死神鬼の姿が殺生丸の部屋に現れると、犬夜叉は狂ったように鉄格子に体当たりを繰り返した。
そして、今・・・
鞭を激しく打ち付けられ、気絶した殺生丸と、壁際にもたれる死神鬼の様子を犬夜叉は見ていた。
犬夜叉は、その鋭い爪で誰であれ見境無く引き裂き、食い殺しそうな程に狭い檻の中で暴れ狂っていた。
無論、殺生丸はそんな弟の・・・犬夜叉の姿が近くに在る事など知らない。
意識を失ってから、どれ位経ったのか。
数刻過ぎているならば、朝方か・・・
殺生丸の意識は覚醒した。
薄暗い部屋に燈された蝋の炎は消えて、静寂の闇が支配している。
「・・・・・・ッ」
だが目は覚めても、肌が焼けるように痛くて再び意識が朦朧となる。
妖力を抑止された身体では治癒が遅い。当然本来の体力も無く、極力要らぬ消耗を避けたいところに、あの仕打ち。
鞭による傷は相当に体力を奪い、治癒力を低下させた。
鎖で吊るされたままの手首も地に着いているはずの両膝も、もう感覚が無い。
全身の痛みだけが自分を支配して何も考えられない。
すると、何かがふいに自分に触れるのを感じて殺生丸はビクと微動した。
手だ。
手が己に触れている。
そう感じている間に殺生丸の目を塞いでいた布が外され、口腔に詰め込まれていた布も抜き取られた。 薄っすらと瞼を開き、その相手を見据える。
死神鬼――――――
金の瞳が捉えたのは、自分をこれほどの目に合わせた相手のどこか複雑な想いを含んだような眼と、触れてくる優しい手。
「・・・・・・触れるな・・・」
そう言った殺生丸の声は掠れていた。
「・・・・・・」
死神鬼は黙したまま、ただ殺生丸を見つめている。
わしは、気を失った殺生丸の傍で自らの傷を癒しながら、ずっと此処に居た。
既に殺生丸は手中にし、後は崩壊していく様を見届けるだけ――――――・・・その為の苛虐を繰り返すだけ・・・そう考えていた。
だが――――――
殺生丸を捕らえてみて分かった。この大妖は、例え己の力が全て無くなろうと、何をされようと痛みを恐れない。死を恐れない。
おそらくこの先もずっと。
わしが直接的にどれだけ痛め付けようと怖じない。
それでは復讐の意味を成さない。
殺生丸・・・・・・
その潔癖な心は決して揺るがないのだろう。
不可侵。
反応を返さない殺生丸を抱き上げた、あの時・・・・・・唇を重ねようとして胸を貫かれた己。
フ・・・・・・気が迷ったか。
否・・・
・・・・・・だから、そろそろ仕上げだ。
なんにせよ、この兄弟は崩れる。
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