「・・・結構な言い草だな。恩人に対して。」
「誰が恩人だ!!馬鹿か、てめえ!?」
「犬夜叉!!大きな声出さないで!!」
「うるせえ!!こいつのせいで殺は・・・」
「殺を放って留守にしていた貴様に物が言えるのか。」
「ッ・・・てめえに関係ねえ!!それに・・・ッ、・・・」
言い掛けて、犬夜叉は突如押し黙った。
一瞬にして脳裏を過ぎったのはさっきのりんの言葉とあの日の弥勒と殺の様子。
そして―――――――・・・抱き合っていた殺と死神鬼。
一連の光景の意味が全て繋がった気がした。
抱き合っていたのは。
・・・否、違う。
抱き合っていたわけじゃなくて。
もしかして。
「・・・ようやく理解出来たようだな。」
「・・・・・・」
「全く亭主がコレでは殺も苦労する。」
「・・・っ・・・でも煽ったのはてめえだろうが!!わざと見せ付けて・・・人の感情を掻き乱して・・・てめえのやりそうな事だ。」
「ふっ・・・クク・・・」
「何がおかしい!てめえのせいで殺は・・・ッ」
「子供だな。やはりまるで判っていない。」
「な・・・っ」
「忘れたか。」
「!?・・・何を・・・」
「・・・殺を嫁に貰って頭が平和ボケしているのか知らんが・・・相も変わらず甘っちょろい半妖だ。」
「んだと、てめえ!!」
犬夜叉は立ち上がり、勢いのまま死神鬼に殴り掛からんばかりに詰め寄った。
「ちょっと犬夜叉!!」
「ここで暴れるなんて許さないよ。」
「・・・殺は今眠ってるのよ。それに本当だったら男が入っていい場所じゃないんだからね!・・・犬夜叉。あんたもよ。例えここが二人の寝所でも殺は今身重なんだから・・・」
「・・・ッ・・・」
かごめと珊瑚の厳しい口調に犬夜叉はうっと言葉に詰まり、殺の顔を見た。
閉じられた目。
眠る顔は怖いくらい綺麗で死人(しびと)のよう。
額に浮かぶ藍色の三日月も頬の紋様と瞼を彩る紅も。陶器のように白い肌には鮮やか過ぎてまるで死化粧だ。
失いかけたかもしれないお腹の子。もしかしたら殺も。
その事実にぞっとする。
「・・・とにかく、てめえのせいだ。・・・殺が抵抗しないのをいいことに抱きかかえるような真似をして・・・俺たちを仲違いさせる為にあんな・・・!!」
「・・・・・・フッ。どこまでもおめでたい奴だ。」
「なっ・・・」
「殺していたら。」
「!!」
「・・・さぞや面白い展開になっていたやもしれんな。」
「・・・・・・!!」
冷酷に薄ら笑う死神鬼。
そこで初めて犬夜叉はやっと恐ろしい現状に気付いた。
相手に殺気がなかったせいもある。
でもそうだ・・・忘れていた。
不吉な技の使い手・・・この男との関係性。
死神鬼は親父と因果ある妖怪だということを。
「初めから落ち度は貴様にある。」
「・・・・・・」
「・・・第一は・・・貴様が殺の腹に気付いていなかったということだ。・・・フッ・・・おかしな話だ。夫婦として共にいながら見過ごすとは。殺から発する妖気とにおいで貴様ならすぐに気付けたものを。」
「・・・っ・・・」
「殺の身体の変化・・・純血の妖怪が半妖・・・あるいは人間の子を宿すと稀に強い眩暈や頭痛・・・吐き気を催すと聞いたことがある。そんな人間の身重の女のような症状は本来純血の妖怪同士の間でならばありえんことだ。・・・だから時折酷く体調が悪かったのだろう。」
「・・・!」
まさかそんな状態だったとはさっきまで夢にも思っていなかった。
純血の妖怪である殺が怪我以外で身体の具合を悪くすることなどまずありえない。
だからこうなるまで気付きもしなかった。
「貴様はそんな殺を置いて留守にした。」
「・・・・・・ッ」
「あのとき・・・わしが殺を殺すつもりで闘いを仕掛けていたら。・・・殺は敗れただろう。」
「―――――・・・」
殺が・・・負ける・・・?
最強・無敵を誇る姉である殺が。
でもそうだ。
倒れる以前にもしも死神鬼がその気なら殺は殺されていたかもしれない。
あるいは他の妖怪に襲われていたら腹の子もろとも殺は―――――――
「・・・貴様はくだらん嫉妬で事の真意を見失った。」
「・・・・・・」
「・・・ちょっとアンタ!!勝手な事ばっか言ってんじゃないわよ!!」
口を挟んだのはかごめ。
あまりの言われように黙っていられず、大声を出すなと注意した本人が大声で怒り出したのだ。
「・・・犬夜叉は馬鹿で短気で不器用で意地っ張りだけど!」
「か、かごめちゃん・・・」
「二人にしか分からない事情があったのよ!!それに・・・あたしたちもよく知らないけど犬夜叉はずっと殺に避けられていたみたいだし、お腹の子の妖気が判るほど傍に寄れなかったんだから気付かないのは仕方ないじゃない!!」
「・・・フン、だから留守にしたのか。身重の女を放って。」
「だから言ってるでしょ!!二人は喧嘩してたの!!何にも知らなかったのよ、犬夜叉は!・・・大体あんた、亭主が留守だからってヒトの女に手ェ出してんじゃないわよ!!」
「・・・・・・随分な言われようだが・・・わしは殺を介抱してやっただけだ。」
「・・・っ・・・そうかもしれないけど・・・それにかこつけて妙な事したんでしょ、二人を貶める為に!!」
「だったらどうした。」
「・・・あのねえ・・・ッこんな奴だけど犬夜叉なりに殺を大事にしてるのよ、それを・・・っ」
「ならば何故殺を信じなかった?」
「・・・っ」
これには言い返せないかごめ。
犬夜叉は目を見開いた。
「殺が大事なら信じれば良かったではないか。」
「!!・・・」
そうだ・・・
密着した二人の様子に狂って殺を責め立てた。
あのとき既にぎりぎりの状態であっただろう、伸ばされた殺の手を振り切って背を向けたのは自分。
もしもあのとき受け止めていれば。
この腕に殺を抱いていれば。
昔から高慢で気まぐれで冷たい女。
でも嘘はつかない。
そして言い訳もしない。
何で自分の女を。
殺の眼を信じなかったんだろう。
「・・・犬夜叉。お前が悪いわけじゃない。だが死神鬼の言うことも一理ある。」
「法師さま・・・」
静かに立ち上がり重い沈黙に割って入ったのは弥勒。
弥勒は穏やかな口調で話し始めた。
「一週間前―――――」
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