抱え起こした殺の顔には血の気がなく、真っ白な紙人形のようだった。
肩に掛かった美しい髪がこと切れたように地へ滑り落ちる。

「殺・・・ッ!!」
「あまり揺り動かすな。」
「ッ・・・」

バシッ

殺に触れようとした死神鬼の手を犬夜叉は思い切り叩いた。

「触るんじゃねえ!!・・・てめえ・・・死神鬼・・・!!殺に何しやがった!?」
「・・・ふ・・・飛んだ言い掛かりだな。」
「何言ってやがる、てめえのせいだろが!!」
「・・・誰のせいかと問うなら・・・お前のせいだ。」
「ああ!?ふざけんじゃねえ!!」
「・・・・・・わしが言ってやる義理もない。貴様にとっても他人の口から聞くべきでないと思うが・・・」
「!?・・・てめえ何言ってやがる、こんなときに・・・!!ぶち殺すぞ!!」
「腹の子。父親は貴様だろう。」
「!?・・・、ああ・・・!?」

殺の身を案じ早く殺を屋敷の中へ連れて行きたい犬夜叉にとって口論している暇などない。
意表を突いた突然の言葉は意味を理解する前に右から左へと流れた。
だが次に耳に入ってきた死神鬼の言葉に今度こそ犬夜叉は殺を抱え込んだまま固まった。

「殺は子を宿している。」
――――――・・・?・・・何・・・・・・」
「孕んでいる、と言ったのだ。」
―――――・・・・・・!!!!」

犬夜叉は抱えた殺の顔を凝視した。

閉じられたままの瞳。

髪。額。頬。伏せたときに着いた雪を無意識に払いながら、心の中はぐるぐる回っていた。


何、何だって・・・?

えっと・・・なんだっけ。
どうなってんだっけ。

ずっと避けられ続けて・・・

でもつい一ヶ月ほど前までは毎日・・・毎晩・・・
それが一変、一ヶ月ほど前から殺の機嫌が悪くて。
避けられ続ける日々。

話も出来なくて。

あの満月の夜はとくに冷えて侘しい夜だった。

弥勒と殺の光景。
親しげな様子。

互いのにおいが分からないほど一週間も遠く離れたのは祝言を挙げてから初めてで。

そして戻ったら殺は死神鬼と抱き合っていた。

二人とも八つ裂きにしてやろうかと本気で思ったあの一瞬。
抑えられたのは愛なんかじゃない。
俺が半妖だからだ。
純血の妖怪だったなら意のままに殺っていただろう。
それくらい嫉妬は誰をも狂わせる。

・・・違う、違う!
今そんなことはどうだっていい!

・・・・・・殺が。

殺と俺の子供・・・・・・!?

あれ?・・・じゃあ何で避ける。
いや、避けてたのはその為・・・・・・?
・・・でも何で。

いや、それこそ今どうでもいい!!

殺が俺の子を身籠っている。

それが今守るべき事実。


「殺・・・ッ」

犬夜叉は殺を横抱きに抱え上げ、もの凄い勢いで屋敷の中へと駆ける。
死神鬼はその背中を見届けながら自らもゆっくりその後を追った。



ほどなくして屋敷の中は大騒ぎだ。
殺の容態に取り乱し喚き散らす邪見を阿吽と共に楓の村へ使いにやり、犬夜叉は従者たちが整えてくれた寝所に殺をそっと横たえた。

「殺・・・」

大丈夫だ。
俺がいる。

もうすぐかごめたちも此処へ来る。


犬夜叉がかごめたちを呼んだのは、皆珊瑚のお産に立ち会っているからだ。
人間と妖怪じゃ治癒力は違うがそうしたときの根本的な処置は一緒だろう。
病人ではないにしても臥せている者にとってぞろぞろと大人数で押し掛けられるのは迷惑だろうが当の本人は意識がないのだし、身体の安否が先だ。

それにかねてよりかごめたちがこの敷地の結界を通るのを殺は赦している。
りんの願いだからだ。
人間嫌いのくせに結局どこまでもりんの頼みには甘い。

そしてそういうところも含めて自分は殺が好きなのだ。

何でこんなことになったのか。
何処で間違ったのか。
もう一度初めからやり直したい。

犬夜叉は布団の上からそっと殺のお腹に手を置いた。










長いようで短い時間。
此処から楓の村まで人間の足では三日は掛かる距離だが、阿吽ならばそう遠くない。
邪見はすぐに皆を引き連れて戻ってきた。

雲母と共に珊瑚、弥勒。
阿吽には邪見、りん、かごめ。

弥勒は元々女に目がない“不良法師”なので例外だが、幼少の頃より生粋の巫女である楓はさすがにこの屋敷の結界を通れないし、殺に触れるのも殺にとってあまり良くない。
珊瑚の子供たちの子守もあるので楓は村に残った。



「少し出血があったけど・・・多分大丈夫だよ。殺もお腹の子も。」

ちゃぷん・・・と湯に布を浸し、珊瑚が犬夜叉のほうを見た。
触診し処置を終えた珊瑚の言葉に、犬夜叉は心底安堵したのだろう。
ほっと力の抜けた笑みを見せた。

「そうか・・・良かった・・・」

かごめやりんにも安堵の笑みが零れる。
捲っていた殺の着物の裾を直し、布団を掛けてやりながら珊瑚たちは顔を見合わせた。

「一応言っとくけどあたしは医者じゃないからね。楓さまから教えてもらった通りのことはしたけど・・・安心は早いよ。」
「え・・・やっぱまだ危なねえのかよ!?」
「・・・そうじゃなくて。」
「・・・!?」
「身体は大丈夫でも気持ちまでは治せないってこと。」
「!・・・っ・・・」
「殺がお腹の事を隠していたのもあんたに原因あるんじゃないの?」
「ッ・・・」
「珊瑚ちゃんの言う通りよ、犬夜叉。それにあたしたち弥勒さまから聞いたのよ。あの日・・・」
「弥勒から・・・?あの日って・・・」
「あんたが殺と大喧嘩した日よ。」
「・・・・・・」
「殺さま、あの日体調が悪かったんだって。りんも気付かなかったけど・・・」
「!・・・・・・」

体調が―――――――・・・?

・・・ということは・・・・・・あのとき―――――――

りんの言葉にあの日の殺の様子を思い出し、犬夜叉はハッとした。


「・・・そういうことです。私の言葉も足りなかったので妙な誤解をさせてしまったかもしれませんが・・・」

会話の成り行きを見計らい入って来たのは弥勒。

「弥勒・・・」
「此処の廊下は広いですからね。寒くて敵わない。」

弥勒は静かに障子を閉めた。
だが入って来たのは弥勒だけではなかった。

「・・・で、何でてめえまで入って来るんだ・・・」

腕を組み悠々とした態度で障子にもたれ掛かる男に犬夜叉は鋭い眼光を向けた。





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