皆が帰り二人きりの静かな寝所。
犬夜叉はずっと殺の傍にいた。
殺が目を覚ましたのはその晩のことだった。
部屋の隅に置かれた燭台の蝋が短くなっている。
普段は従者か殺自らが取り替えていたが今宵は人払いしてある為自分がやるしかない。
犬夜叉はぎこちない所作で蝋を替えていた。
「あっち・・・ッ!!」
慣れない作業を終えたとき、溶けた蝋が僅かに手に落ちた。
思わず出た大きな独り言。
「・・・・・・犬夜叉・・・・・・?」
聴き取れないほどの小さな声。
だが確かに名を呼ばれた。
殺を見ると、金色の瞳がこちらを見つめていた。
「殺・・・!!」
犬夜叉はすぐに傍へ寄り、その顔を覗き込んだ。
「殺・・・!」
「・・・・・・」
「大丈夫か・・・!?」
「・・・・・・」
体調がまだ優れないのか、どこか不安げに揺れる眼。
その意図するところを感じ取った犬夜叉は穏やかに伝えた。
「・・・腹。無事だぞ。」
「!・・・・・・そうか・・・」
一瞬少し動揺した様子を見せたが、静かに返事を返した殺。
身籠っている事を知らないはずの犬夜叉から腹の子のことを口にされたので驚いたが、未だ僅かに残るかごめたちのにおいや自分が倒れる前の状況を思い出し今に至るまでの経緯を何となく理解したのだ。
「・・・殺・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
身籠ったことを何故隠していたのか。
何故自分を避け続けたのか。
ちゃんと訊きたい。
でもまずは殺の身体が先だ。
「・・・気分、どうだ?」
「・・・・・・」
返事はない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・悪かった。」
「・・・・・・」
切り出された謝罪の言葉にも聞いているのか聞いていないのか無反応な殺。
「死神鬼とのこと疑って・・・・・・なんも知らねえでお前のこと責め立てちまって。」
「・・・・・・」
「俺があんとき・・・」
殺の手を振り切った。
犬夜叉に背を向けられた。
互いの脳裏をよぎるあの瞬間の苦い記憶。
今まで無表情に犬夜叉の声を聞き流していた殺だったが、言葉を遮るように身を起こそうとした。
「・・・っ」
「!・・・」
犬夜叉は咄嗟に殺を抱え込むように支え、その肩に顔を埋めた。
突然の抱擁に身体を強張らせる殺。
だが加減されていることに気付いた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
いつもはもっと強引で乱暴なくせに。
でもこうして触れるのは久しぶりだ。
己が犬夜叉を遠ざけていたのはたった一月ほどの事なのに酷く懐かしく感じる。
ああ、本当はずっとこうしたかったのだ。
加減された包むような抱き方。
普段気遣いなどしない男の不器用な優しさ。
相手を試すこともない。
駆け引きすることもない。
犬夜叉の真っ直ぐな愛情。
でも。
抱き返したい想いを殺はぐっと押し殺した。
「・・・・・・なあ、やり直せねーか。」
「!・・・・・・」
「・・・お前が何を怒ってんのか分かんねーけど・・・」
「・・・っ・・・」
犬夜叉はゆっくり顔を上げ、殺を見つめた。
複雑な色を見せる殺の眼。
「・・・やり直す・・・?」
「ああ。・・・だってもう俺たち・・・これから、さ。・・・もうゴチャゴチャやってる場合じゃねーだろ。」
照れを隠すように少し怒り口調の犬夜叉。
対照的に殺は困惑し、怒りさえ滲ませた眼で犬夜叉を見た。
本気で“やり直したい”と言っているのか。
己が身籠っていることを知った上で。
それとも。
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・犬夜叉。・・・だから私はお前と離れようと思ったのだ。」
「!?・・・ああ?・・・、“だから”って何だよ・・・?」
犬夜叉は訳が分からず困惑した。
察するにやはり子供が出来たから・・・?
ここにきて薄々そんな気はしていたが何で腹の子のことが俺を避ける理由になっていたのか。
俺が朝昼夜問わず毎日のように求めるから・・・?
でも孕んだ女に性行為を強行するほど自分は節操無しじゃない。
「・・・避け続ければそのうち愛想が尽きてお前のほうから離れていくと思った。」
「・・・・・・なんか分かんねーけど・・・それを狙ってたのか?」
「そうだ。」
「・・・」
あ、そ。
ヒトの気も知らねーで相変わらずな物言いだぜ。
だが殺がやはり別離を望んでいたことを聞き、犬夜叉の心は少しズキリと痛んだ。
「・・・悪かったな、思い通りになんなくて。執念深くてよ。」
「全く。」
「・・・でも。・・・それも考えてたぜ。」
「!・・・」
「・・・離れてたこの一週間。ずっと。」
「・・・・・・」
殺の態度が一貫して変わらなければ殺すか離れるかだった。
だったら後者を取る。
そう覚悟を決めて戻った矢先の出来事がこれだった。
「へっ。・・・あとちょっとだったのにな。」
皮肉を込めて悪戯っぽく笑う犬夜叉。
けど何もかも運命なんじゃねーのか?
死神鬼との事はむかつくが・・・
この事態が結果的に二人を引き留めた。
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